「親分、この頃妙なものが
八五郎がそんな話を持込んで來たのは、三月半ばの、丁度花もおしまひになりかけた頃、浮かれ氣分の江戸の町人達も、どうやら落着きを取戻して、仕事と商賣に精を出さうと言つた、殊勝な心掛になりかけた時分でした。
「
「そんな手輕なものぢやありませんよ、親分も聽いたでせう、彼方此方から、小判の
「そんな噂もあるやうだな」
「大判小判などといふものは、どうせこちとらの手に渡る
斯んな市井の噂をかき集めて來るのが、八五郎の得意の
「八丁堀の旦那方からも、内々でお達しがあつたよ、天下の通用金の贋を、うんと拵へる場所があるに違げえねえ、手一杯に
「それで見當でもつきましたか」
「少しもわからねえのさ、お前の言ひ草ぢやねえが、
平次は苦笑ひするのです。一兩小判はざつと四匁、
徳川時代の刑事政策は、すべての犯罪に對して、嚴罰主義で
「だから、お行儀よく坐つて居ても、こちとらへは小判なんか持つて來る奴も無いから、少し歩いて見ようぢやありませんか、贋金をつかまされた家といふのを、二三軒聞き込んで來ましたよ」
「そいつは善いあんべえだ、どうせ手を着けなきやならない、それを
平次は、たうとう此事件に
「最初は――と言つても、贋金は江戸中に散つて居ますよ、今日は淺草で使つたと思ふと、翌る日は本郷だ」
「世上の評判になる前に大急ぎで使ふためだ、贋金は造るよりそれを使ふのが六つかしい――一人や二人の仕事ではあるまいよ」
贋金は造るよりそれを使ふことの六つかしさは、今も昔も變りはありませんが、新聞もラヂオも無かつた時代は、今日から見るといくらか噂の傳達が遲く、從つて地理的に
「では先づ手近のところから歩いて見ませうか」
八五郎が先に立つて、神田から下谷淺草を一と廻りすることになりました。
最初は竹町の、その頃は下谷でも有名な
「寺社の御係から、町方へも御話がありましたので、詳しい事を伺ひに參りました」
平次が申入れると、
「いや、驚きましたよ。當山の大黒天は、
あまりの事に、平次も八五郎も默つて聽く外はありません、江戸時代に
「さて開帳が終つて、賽錢を勘定して見ると、九百八十兩といふ額になりました。商人達は小錢を欲しがりまして、寺へ錢を替へに參りますが、一々取合ふのも面倒、それを一と
「お言葉中だが、その時中味を一々調べたことでせうな」
「一應拜見いたしましたが、中は吹き立ての小判がギツシリ詰つて、何んの間違ひも無かつたと思ひます、尤も樽屋は兩替仲間の組頭で、包金を封のまゝに通用させる
「で、どうぞあとを」
平次は先を
「本堂の
「本堂の締りは?」
「千兩の金がありますから、至極嚴重にして置きました。その上、燈明は
「――」
執事の鐵了は、その時の事を思ひ出したらしく、ゴクリと
「なるほど、樽屋さんにさう言はれて見ると、千兩箱は確かに代つて居ります。昨日持込んだのは眞新らしい赤
「で、中は」
「贋物の小判に代つて居りました。數は丁度千枚、人を馬鹿にしたやうに、同じ數でしたが、一枚々々調べて見ると、皆んな贋物で、――尤も後で金座の御係に
「一應、本堂を拜見いたします」
「さア、どうぞ」
庫裡から本堂へ、窓々、入口、戸や
贋物の千兩箱も一應は見せて貰ひましたが、何んの目印も無い中古の錢箱で、蓋の上に左右二本の
通貨の
徳川期になつて硬貨の贋造が益々
平次は寺に預つて居る、贋の小判を見せてもらひました。銅と鉛の
「箱が變つて居たのと、その場に兩替屋の樽屋さんが居たので、即座に贋物とわかりました。私共だけでは、何日睨めつこをしてゐても、これが僞物とはわかりません」
執事の鐵了はさう言ふのです。
尤も、小判や大判の書き判、即ち金座の後藤の
明治になつてからは、政府の發行した紙幣にもその秘密があり、
さて、八五郎が案内した二軒目は、
「こんな事なら、前の日のうちに、拂ふものは拂ひ、納めるものは納めて置くのでした。
井筒屋久太郎は
「その千兩箱を寺へ運び込んだのは、明るいうちですか」
「いや、もう薄暗くなつて居りました、何分叺八十杯の錢を算へるのに手間取りましたから」
「千兩箱を寺へ持ち込んだことは、誰と誰が知つて居ました」
「寺の者は皆んな知つて居ました。
「寺に泊つたのは、お寺の方の望みで」
「いえ、樽屋さんが言ひ出したのです、この金を納めるところへ納め、拂ふところへ拂はないうちは、檀家で兩替屋の私が心配だからと、――その心配が
これが井筒屋の言ふ全部でした。
平次と八五郎は、其處から黒門町の兩者屋樽屋金兵衞のところへ廻つたことは言ふ迄もありません。
樽屋の店は、大通りから少し入つて居りますが、場所柄でもあり、數代に傳はる
「あ、錢形の親分、飛んだお手數をかけます」
「大變なことでしたね、
相手は公儀にも知られた大町人で、唯の御用聞の平次とは、まるで貫祿が違ひます。
「私が側に居て、斯んな事にならうとは思ひませんでした。お寺へも氣の毒ですし、
樽屋金兵衞は、斯んな大腹中のことをいふのです。樽屋に取つては、三百兩位の金は、どうにでもなるのでせう。
「それは大した心掛ですね、ところで旦那は、眞物の千兩箱が、何處で何うして摺り換へられたと思ひます」
「さア、まるで上手な手品を見せられてるやうで、私にも見當はつきませんが、あの
「須彌壇には仕掛けはありませんよ」
「すると、宵に私と井筒屋さんが引取つてから、――朝雨戸を開けさして、須彌壇の上の千兩箱を見る迄の出來事でせうね」
「すると」
「眠らないやうに思ひ込んでゐても、若い小僧さんが二人、何時の間にかトロトロとやつたんぢやありませんか。寺の戸締りは嚴重なやうでも大ざつぱですから、御住職も
樽屋金兵衞の解釋は、いかにも常識的で、今のところ平次といへども、この外には考へやうもありません。
「成程そんなことかもわかりませんね」
「商賣柄、こんな事は申上げ度くないのですが、實は私の店でも、あの常大寺の騷ぎのあつた晩、番頭の油斷で贋の小判を十枚掴まされました」
「へエ、お店で」
「だから、申上げ度くないんです、兩替屋下谷組の組頭の樽屋が贋小判を掴まされちや、信用にもかゝはります」
「どんな具合に」
「四日前の晩、私が常大寺に泊つた留守に、立派な御武家が一人やつて來て――まだ宵のうちだつた樣ですが――小判で二十五兩金を、
「?」
二分金五十枚包は丁度切り餅の恰好になるので、これを切餅と言ひ、判金と違つて、使用が便利なのを重寶しました。
「一枚二枚の判金を、若い奉公人が扱ひます時は、萬一の間違ひの無いやうに、
樽屋金兵衞はさう言ひ乍ら、店の隅に小さくなつて居る、番頭の惣吉を指しました。三十前後の、小意氣ではあるが
その惣吉の側には、大一番の青砥が据ゑてありました。今の貴金屬を扱ふ人は、藥品で簡單に鑑定しますが、昔は手で貫々を引いて、砥石に叩きつけ、その音の
「外に氣のついたことはありませんか」
平次はもう一と押し押して見ました。樽屋金兵衞といふ男が、いかにも聰明さうで、なんかもつと深く知つて居さうな氣がしたのです。
「町人は
「例へば?」
「柳橋の料理屋の
「いや、何んにも」
「十日ばかり前、平久へ花見の料理を三百人樣と申込み、三十兩の小判を拂つたが、小錢が無いので、當日
「ひどい事をする野郎だな、――外には」
「小石川の
「フーム」
贋金使ひのあまりの
「それほどの事をする贋金使ひの人相を、見ない筈はあるまいな」
「私も一應はそれを訊きました、柳橋へ行つたのは、背の低い、小意氣な男で、小石川へ現はれたのは、背の高い良い男だつたと言ひます。親分方が、直々お訊きになれば、詳しいことがわかるでせう」
外にも贋金をつかまされたのが、樽屋の知つてるだけでも五六箇所、何樣容易ならぬことです。
平次と八五郎は、念のため柳橋の平久と、小石川の正遠寺に廻つて見ましたが、
「どこで、そんな事を聽きました、人樣に知れても、恥になるだけで、一文の得になるわけでも無いから、誰にも言はないやうにして居りましたが――」
と平久の亭主と、正遠寺の住職は言ふのです。事情は樽屋が説明した通りで、曲者の人相を訊くと、柳橋の平久へ行つたのは、背の高い立派な旦那衆で、小石川の正遠寺に行つたのは、背の低い、藝人か何んかであつたと、まさに正反對になつて居ります。多分これは樽屋の主人の思ひ違ひだつたでせう。
兎も角も、その小判は土地の兩替屋に見せて、始めて贋物とわかつたもので、其方の口から、同業の樽屋の耳に入つたものと思はれます。
贋小判は、それからフツツリ姿を見せなくなりました。常大寺で千兩をせしめて、暫らく樣子を見て居るのでせう。
平次はその日から
戸締りは寺方にしては思ひの外嚴重で、もし二人の小坊主が居眠りして居るところへ曲者が入つたとしても、宵のうちに忍び込んで何處かに身を潜め、夜が明けて小坊主二人が雨戸を開けてから、そつと眞物の千兩箱を持つて逃出したと見る外はありません。
「だが、それにしても、唯千兩箱を盜み出しさへすれば宜いぢや無いか、わざ/\重い贋物の千兩箱を持つて來て、代りに須彌壇の上に置いたのはどういふわけだ」
平次は斯う自問自答するのです。千兩箱の貫々は
執事は喰へさうも無い四十男ですが、逞ましいのは人相だけで、幾度も逢つて見ると、これが案外弱氣で、人の良い男だとわかり、平次の最初の疑ひも
續いて平次は、江戸中の
近所から始めて次第に遠くへ、八五郎を始め、
神田、下谷から、淺草、日本橋へ、それから坂を登つて本郷、小石川へ、平次の探索は伸びますが、調べたうちでは、錺屋にそんな工面の良いのも無く、これぞと思ふのがなか/\掴めません。
そのまゝ、三日五日、十日と日は經つて行きます。贋金つくりが羽を
が、思ひも寄らぬ手掛りが、向うの方から飛込んで來ました。
「親分、格子へ手紙が
向柳原へ歸らうとした八五郎が、格子戸から結び文を見付けて、中へ投りました。
「へエ、夜中に結び文か、
平次は煙管で引寄せて、結び目を解くと、世間並の半紙に細い筆で、
折入つて申上度いことがあるが、人に見張られてゐてうつかり出られない、この手紙も娘に頼んで親分の家へ屆けるが、若し私の話を聞いてやらうといふ氣があつたら、明日の晩戌刻 半(九時)頃湯島の大鳥居の所までお出でを願度い。
錢形の親分さま
と斯う書いてあるのです。少し角の張つた字は綺麗、癖はひどいが、決して帳面字ではありません。墨も帳場の腐つた宿墨でなく、筆も錢形の親分さま
「面白さうだな八」
「何んですか、親分」
「お前、この事をどう思ふ」
平次の差出した手紙を、
「こんな四角な字を書くのは、坊主か手習師匠でせうね」
「いや、坊主や手習師匠はもう少し品の良い字を書く、これは字を書き馴れて居る職人だよ」
「へエ」
「
「明日になればわかることぢやありませんか、ではお休みなさい」
八五郎は大して氣にする樣子も無く歸つてしまひました。
「親分、湯島で殺しです、直ぐお願ひします」
翌る日の朝、飛込んで來たのは、下つ引の湯島の吉でした。
「何んだ、殺し?――湯島なら
平次も、昨夜の手紙のことが氣になつて、妙な落着かない心持の朝でした。
「湯島女坂下の錺屋の由五郎がやられたんです、どうして親分がそれを」
「矢張り、錺屋か、今朝になつてやつと氣が付いたよ、タガネで彫る字は、あんな恰好になる」
「知つて居るんですか、親分」
「いや何んにも知らないよ、昨夜俺の家へ手紙を投り込んだ者があるんだ。その筆癖が變つて居るから、一と晩考へたが、今朝になつて漸く錺屋のタガネ癖だとわかつたんだ、その錺屋に娘があるだらう」
「お
「矢張りそれだ、その娘が昨夜此處へ來たんだ」
「へエ、するとその留守にやられたんですね。宵のうちに神田へ行つて、歸つて來ると
「よし、そいつは大變なことになるかも知れない、直ぐ行かう」
平次は其儘飛出しました。丁度宜いあんばいに、向柳原からやつて來た八五郎も、この一行に加はつて湯島へ急いだことは言ふ迄もありません。
「湯島の錺屋の由五郎なら、あつしも知つて居ますよ、我儘なところはあるが、江戸つ子らしい良い職人で、それにあのお紅ちやんといふ娘は大したものですよ」
八五郎は註を入れます。
「娘のことゝ言ふと、八五郎は大した
「へツ、本阿彌はこちらで、江戸中の良い娘は、皆んなあつしの帳面に付いてゐますよ」
「呆れた野郎だ、――が、その娘と口をきいたことがあるのか」
「はにかみやで、水を向けても、滅多に返事もしてくれませんよ、細面の華奢立ちで、手足の綺麗な、耳のうしろにほくろのある」
「あれ、そんな事まで知つてゐるのか」
「浮氣つぽくはないけれど、そりや可愛らしい娘ですよ、尤も
「何んだ友達の
そんな事を言ふうちに、三人は湯島女坂下の錺屋由五郎の家に着きました。
坂下の日蔭の多い家で、如何にも貧しさうですが、娘の丹精らしくて、家の内外は思ひの外綺麗に
「お紅ちやん、親方が殺されたつてね、氣の毒だつたな、錢形の親分をつれて來たよ、敵は直ぐ討つてやるから、泣くなよ」
眞つ先に飛込んだ八五郎が、自分のことのやうに鼻を詰らせてをります。
娘のお紅といふのは、十九にしてはおぼこで、可愛らしく、頼りなく、いかにも涙を誘ひます。
平次も一と言二た言慰めて中に通りました。死骸は一應清めて、店の次の六疊に、床を敷いて寢かしてありますが、脇差か何んかで、背中からやられたらしく、
が、血は大したことも無く、死骸の樣子には何んとなく腑に落ちないものがあるのはどうしたことでせう。
「前後のことを、出來るだけ詳しく話してくれ、お前の父親の敵を討つ氣で」
平次に勵まされて、お紅は漸く涙を拭ひました。
「昨夜、明神下の親分の家へ行つて、格子に手紙を挾んで歸ると、父さんの姿は見えないんです、
お紅はさう言つて泣くのです。
「部屋中は亂れてはゐなかつたのか、血の痕は無かつたのか」
「――」
お紅は默つて頭を振りました。
「不斷から仲の惡い人は無かつたのか」
「――」
お紅はそれにも頭を振りました。
「職人で氣の毒だつたが、身體が弱いくせに、氣前の良い男で皆んなに可愛がられて居ましたよ」
湯島の吉が横から註を入れました。
「
「八五郎親分も懇意にして居ました、その他、誰とでも、すぐ心易くなりました」
「不斷出入して居るのは?」
「さア」
「世話になつて居るとか、良いお得意は」
「竹町の常大寺樣のお仕事をさして頂いて居りました、そんなことで、井筒屋さんや、樽屋さんへはよく行つたやうで」
平次はざつと家の中を見てから、お勝手に出て、由五郎が死んで居たといふ、落しを開けさせました。土の上に、血はこぼれて居りますが、それも大したことでは無く、此處へ潜り込んだところを、上から一と突きにやられたとは思へない節があります。
「八、あの死骸をどう思ふ」
「へエ、どうと言つて、死んで居るには違ひありませんが」
「死んで居ることはお前に訊くまでも無いよ、背中を突かれて死んだにしては、あまり血が流れちや居ないし、顏の少しむくんで居る樣子は、
「へエ?」
「近所が近いから、物音を立てさせずに、――待てよ八、由五郎は居職で力が無かつた筈だな」
「ヒヨロヒヨロの弱い男でしたよ、氣ばかり強くて、何處か身體に病氣でもあつたんでせうよ」
「座布團だよ、八、座布團で口を押へたのだ、由五郎はヒヨロヒヨロの弱い男でも、あれを殺すのは、一人ぢや無理だ、――座布團に汚れは無かつたか見てくれ」
平次に言はれて、隣の部屋に引返した八五郎は、座布團の上に、乾ききらない
「ありましたよ、親分」
「それで口を
平次はもう一度落しの中に潜りましたが、やがて、落しの奧にある炭取の中から、七八枚の小判を見付けて來たのです。
「八、これは贋物に間違ひもあるまいが、念の爲め黒門町の樽屋金兵衞のとこへ行つて、此小判を見せてくれ、直ぐ引返すのだよ」
「へエ」
「待て/\、それが贋物ときまつたら、錺屋の由五郎が、贋金造りにきまつた、直ぐ常大寺の
「合點」
八五郎が飛んで行くと、半刻經たないうちに、金兵衞と鐵了をつれて來ました。それに樽屋の番頭の惣吉も、金兵衞と一緒に、物好きさうにやつて來たのは豫想外でした。
「樽屋さん、お蔭で贋金造りの曲者がわかりましたよ、この通り、由五郎の家の、お勝手から贋の小判が出て來たんだから、疑ひは無いでせう」
「それは宜い
金兵衞も
「すると、此家の何處かに、摺り換へた九百八十八兩の小判が隱してある筈です、それは言ふ迄もなく常大寺のものですから、鐵了さんと一緒に、間違ひの無いうちに搜し出して下さい」
「成程」
「場所は、床下か、天井か、いづれそんなところでせう、あつしはこの事を、寺社のお係と、町方の上役に申上げなきやなりません、此處は湯島の吉兄哥が見て居りますから」
平次は言ひ捨てゝ、八五郎と一緒に出て行くのです。
「八五郎親分」
後ろから追ひすがつたのは、泣き顏が痛々しく匂ふお
「何んだえ、お紅ちやん」
振り返る八五郎の懷ろへ、お紅は泣き顏を押し當てさうに、
「私の父さんは、そんな惡い事をする人ぢやありません、贋金造りだなんて飛んでも無い、八五郎親分は、父さんの氣風をよく御存知ぢやありませんか、錢形の親分にさう言つて下さい、ね、ね」
「――」
「ね、八五郎さん、父さんは、そりや頑固で正直者だつたんです、そんな惡いことをして居るのを、私が知らずに居る筈はありません。それに、此間から、『イヤな仕事を、金に飽かして無理に頼まれたが、一ぺんに斷わつてしまつたよ、貧乏はしても惡い事をする俺ぢやねえ』――などと、醉つ拂つて威張つて居りました、ね、八五郎さん、何んとかして
お紅はひしと八五郎にすがり付いて駄々つ子のやうに身もだえしますが、錢形平次のプランは、八五郎ではどうする事も出來ません。
「まア、心配するなよ、お紅ちやんの困るやうにはしないから」
などと言ふのが精一杯です。
「八、早く來い、これから忙しいんだ」
平次の冷たさ、今日はまた何んとしたことでせう。
平次は寺社や町方の役所へは行かずに、眞つ直ぐに常大寺に入つて行きました。
そして、二人の小僧と、病中といふ老住職の大賢和尚に逢つて、
「大事のことを聞き落して居りました、あの千兩箱の摺り換へられた朝、何んか小さい荷物を持つて寺を出た人はありませんか」
こんな思ひも寄らぬ事を訊くのです。
「樽屋さんが、寺の
老和尚の説明するのを聽くと、
「有難うございました、そんな事だらうと思つて居りました、どうか、私がこんな事を訊ねたと、誰にも仰しやらないやうに」
平次は寺を出ると、黒門町の樽屋へ眞つ直ぐに驅けつけます。
お勝手から顏を出して、若い下女のお竹を呼出すと、
「皆んな留守か」
「はい、旦那樣も番頭さんも出かけました、あとは私と小僧の岩吉だけで」
「では訊くが、――昨夜、主人と番頭が、二人揃つて出かけた筈だが」
「宵のうち、お二人で出かけました、町内の湯屋へ行くと仰しやつて、でも手拭はお二人とも濡れては居なかつたやうです」
「有難うよ、――それでわかつたよ、湯屋へ行つて訊く迄もあるめえ――もう一つ、あのお寺の騷ぎのあつた朝、主人は四角な風呂敷包を持つて來た筈だが、それをどうしたか知つてるか」
「お寺の格天井の檜板だと言つて居ましたが、そのうちの二三枚を、細かく割つて
下女のお竹は何んの
「八、來い、危い仕事だから氣をつけろ」
「何んの」
八五郎にも大方謎は解けました。二人は女坂下の錺屋由五郎の家へ引返すと、家の中は大掃除ほどの騷ぎ。
「それ、八、俺は床下の金兵衞を押へる、お前は天井裏に居る惣吉を縛れツ」
「御用ツ」
それは大變な騷ぎでした。樽屋金兵衞も惣吉も思ひの外の腕前でしたが、平次と八五郎と湯島の吉の三人にどうやら手捕りにされ、常大寺の執事鐵了は、何が何やらわけがわからず、唯呆然としてそれを見て居ります。
× × ×
贋金造りの事件は夏前に片付きました。すべてが金兵衞と番頭の惣吉の
常大寺に持込んだ千兩箱は、最初から贋小判を詰めて夜になつてから持込み、金兵衞の顏で油斷させて置いて、翌日は小僧が雨戸を開けるドサクサ紛れに、持込んだ千兩箱の蓋を剥いで、千兩箱が變つたやうに見せかけたのです。
千兩箱は最初から蓋だけ二重になつて居り、薄板の
贋物の中に
樽屋金兵衞が、自分の店でも贋小判をつかまされたと言つたのは、被害者の一人らしく思はせた嘘で、平久や小石川の正遠寺その他の被害を、金兵衞が不思議によく知つて居たのは、自分の仕事の見事さを平次に
由五郎の娘のお紅は、八五郎に喰つてかゝつたりして、後でひどく極りを惡がりましたが、それもやがて一と口話になり、平次の女房お靜が、身を入れて世話をしてやりました。それはずつと後の話です。