「親分、御存じでせうね、あの話を」
ガラツ八の八五郎が、獨り呑込みの話を持込んで來ました。
早咲の梅が、何處からともなく匂つて來る暖かい南縁、錢形平次は日向を樂しんで無精煙草にしてゐるところへ、八五郎がいつもの通り其日のニユースをかき集めて來たのです。
「
「そんな事なら驚きやしません。どうせあつしは借金は返さないことに極めて居るんで」
「あんな野郎だ」
「ね、親分。世の中には、ボロイ話もあるものですね、あつしも少しばかり元を
「大きな事を言やがる。まさか、銅脉(
「こちとらの
「信心をね」
「信心が金儲けになるんだから、こいつはたまらねえでせう。まるで持參付きの小町娘が、押しかけ嫁に來るやうな話で」
「
「地獄の拔け裏が極樂でこいつはまたたまらねえ。結構な娘と年増が歌念佛で總踊りと來る」
「どうも言ふことが變だぜ。何處かの赤い鳥居へ、小便でもしなかつたか」
「さう思ふのも無理はありませんがね。まア、聽いて下さいよ。親分」
八五郎は縁側ににじり上がつて物語らんと膝つ小僧を揃へました。尤も合掌した手を膝と膝との間に挾んで、肩と
「大層改まりやがつたな」
「根岸の梅屋敷――龜戸梅屋敷と違つて、此處は御隱殿裏で、宮家住居の近くだから、
「止さねえか、馬鹿々々しい」
「その梅屋敷の隣に、近頃紫御殿といふのが出來ましたよ。江戸では
「その話は聽いたよ。三輪の萬七親分が、――お膝許にあんな化物屋敷をおつ建てられちや、こちとらは睨みがきかねえやうで、世間樣に顏向けがならねえ――と腹を立てゝ居たよ」
「三輪の親分なんざ、ごまめの齒ぎしりで、お長屋の
「口が惡いな。――お前といふ奴は、人間が甘い癖に」
「斯んなところで溜飮を下げなくちや、――年中三輪の親分に嫌がらせを言はれて居るぢやありませんか」
「ところで、その紫御殿はどうした?」
「さう/\忘れて居ちやいけない。お宗旨は紫教、教祖は
「フーム」
「教祖紫琴女と別當の赤井主水は、
「で、近所の衆や、お屋敷方で默つて居るのか」
「お宗旨もあんなに威勢がよくなると、手のつけやうがありませんね。うつかり文句を言はうものなら、氣狂ひ見たいになつた信者達が押し寄せて、どんな目に逢はされるかわかりません。それでもいけない時は、法來坊が四十八貫の鐵棒を持つて押し出し、大地を叩いての
「だが、それ丈けのことでは、うつかり荒立てるわけにも行くまいよ。禁制の切支丹と違つて、表向差止めの御布令でも出なきや、手のつけやうもあるまい」
「御法度や禁制どころか、金儲けにもならうといふ御宗旨だから、あつしも一と口御信心に乘出さうかと思つて居る位で」
「何をやらかせば、金儲けが出來るのだ」
「御本尊へお供へをあげるのですよ。三方に載せて名札を添へて、ほんの心持や一と身上をとね」
「慾張つた本尊だね」
「勿體ない。そんな事を言ふと罰が當りますよ。佛罰が當つて、大事な寶を召上げられるとか、ひどい損をするとか」
「安心しなよ。罰が當つたところで、身體一つの外には、ろくなものゝ無いこちとらが召上げられると、清々する位のものだ」
「金や身上より大事な、お靜さんといふ姐さんがあるんぢやありませんか」
「馬鹿なことを言へ」
「兎も角も、御本尊へ供へた金が、本人の信心次第で、三日目には倍になつて返るんだから、これは結構過ぎるほどの御宗旨ぢやありませんか」
「フーム?」
「三百供へた者は六百文になつて返り、一兩小判を供へると二兩、百兩出せば二百兩になつて返るんだから、大したものでせう」
「勘定に間違ひは無いのか」
「冗談言つちやいけません、
「間違ひもなく眞物の小判だらうな」
「あつしは青錢か小粒しか見ませんが、小判を供へた人は、間違ひもなくピカピカする吹き立ての後藤小判が、丁度倍になつて返るさうで、からかつた野郎が、
「時々そんな事があるのか」
「十のうち九つまでは二倍になつて戻つて來る相ですが、信心氣が無かつたり、アヤフヤな心持だつたり、御本尊樣の惡口を言つたりすると、不思議に返らないと言ひます。あつしも
「おつと、その無心は御免だよ。信心を元手に稼がうなんて野郎は大嫌ひさ。その代り、
「急に飮み度くなつたのなんかいけませんかね、親分」
「此野郎、足許を見やがつたな、――宜いとも、望みとあれば、隨分浴びるほど呑ませてやる」
「有難い仕合せで、――ところで、親分も一つ信心をやつて見ませんか」
「御免蒙らうよ。俺は金儲は嫌ひだ」
平次はさう言つてカラカラと笑ふのです。
それから三日ばかり、冬の月が美しく冴えた晩、駕籠を路地の外に留めて、一人の立派な町人が、平次の家を訪ねて來ました。
「甚だ勝手ですが、私名前は後で申上げます。實は折入つてのお願ひがございまして」
人品骨柄
「どんな御用で? 構やしませんとも、餘つ程の御心配があるやうで」
平次はそれを迎へ入れて、靜かに訊ねました。客といふのは四十五六の立派な
「思案に餘つて、夜分そつと參りましたが、此處で何を申上げても宜しいでせうか」
客はいかにも落着かない樣子です。
「
「では、申上げますが、紫御殿のことは、親分も御存じでせうね」
「詳しいことは知りませんが、一と通りは聽きました」
「その紫教といふ御宗旨へ、フトしたことから私は深入りいたしました。耻かしいことですが、
「待つて下さい、宗祖とか教祖とかの紫琴女といふのは、もう四十過ぎの中婆さんだと聞きましたが」
「いえ、六十とも七十とも、百になるのだとも申しますが、三十と言へば三十、二十歳と聽くと二十歳とも見れる、不思議に綺麗な人で」
「で?」
平次はその後を促しました。
「つい、望まれるまゝに、私は、あの紫御殿といふ途方もないものを建てゝ寄進いたしました」
「あ、では、お前さんは、井筒屋の旦那?」
「お耻かしいことで、――
「?」
「紫御殿にかけた金がざつと一萬兩、それを取返さうとして、井筒屋の力の及ぶ限りの工面をして、この身も細る思ひで、もう一萬兩の金を作りました。それを――」
「紫御殿の
「よく御存じで、――別に拵へた、五つの大三方に、二千兩づつを載せ、紫御殿の祭壇に供へて、三日三晩、
「なる程、それは大變なことで」
「それ丈けなら、私の不信心のせゐと諦めますが、それから先が、我慢のならないことになりました」
「――」
「紫御殿の別當赤井主水樣の仰しやる事には、お前の信心は掛引だらけで、眞心が通つてゐない。此上宗祖樣のお心を
「で?」
「いやもう覺悟はきめてをります。井筒屋が立ち行けば、先祖樣への申澤も立つ、いかやうな事なりと、仰しやつて下さるやうにと申しますと、――お前にはお組お蝶といふ、二人の娘があつた筈。宗祖樣の御腰元、御本尊樣への御給仕に、その二人を暫らく差上げたならば、何んとかお詫びの仕やうもあらうと、斯樣に申しますが、此上二人の娘を召上げられては、私の立つ瀬が御座いません。そればつかりはと、
「?」
「それから七日經たないうちに、お組お蝶の二人の娘は、煙のやうに消えてしまひました。――何處へともなく姿を隱したので御座います。今は身代限り同樣の私が、僅かに殘る寶の二人の娘を失なつては、生きた心持もいたしません。八方に人を馳せて搜しますと、その娘が二人共、根岸の紫御殿に、安穩に隱されて居るとわかりました」
「それなら、呼戻すことも出來る筈だが」
「申す迄もなく、二度も三度も掛け合ひました。私が出掛けて行つて、別當赤井
「――」
「二萬兩の金は諦めて居りますが、せめて二人の娘だけでも、私の手許に歸して貰ひ度いと、いろ/\工夫もいたしましたが、どんな
八五郎は何處をほつつき廻つて居るか、この三四日は顏を見せず、錢形平次はたつた一人、その翌る日根岸の紫御殿に行つて見る氣になりました。
谷中へ來た頃は、もう晝過ぎでした。其處から梅屋敷の方へ、小春日の
「あツ」
不意に頭の上から、三つ四つ石垣が崩れ落ちて來たのです。錢形平次のモーシヨンが少し遲かつたら、間違ひもなく、石の下に潰されて大怪我をしたことでせう。
僅かに
平次はそれを見捨てゝ、御隱殿裏から梅屋敷の方へ辿りました。其處からはもう、木の間に銅瓦が隱見し、やがて近頃江戸ツ子の膽を冷させた、御法度の三階建の威風が、晝下りの陽を受けて、四方を拂ひます。
暫らく平次はどうして御殿の中へ入つたものか、それを考へて居りました。正面から善男善女の一人に化けて入らうか、それとも、夜になるのを待つて、夜盜のやうに忍び込まうか、思ひ惑つて居たのです。
間もなく平次は、正面から乘込んで、入口から追つ拂はれる間の惡さに氣が付いて、夜になるのを待つ外は無いことを覺りました。それと無く樣子を見て居ると、紫御殿の出入には、その頃の役所などの出入に使つた、小判形の
お宗旨の御本山とも言ふべき、紫御殿に入るのに、一々門鑑を調べるといふことは、一應不思議なことのやうにも思はれましたが、後で聽けばそこがまた仔細のあるところで、御宗旨と見せて、何んか外の
お
紫御殿には、あちこち灯が入つて、夕方のお勤めが始まつたらしく、多勢の女の聲で、お和讃の大合唱が始まりました。その節廻しの見事さ、平次の緊張も解けて、思はずうつとりさせられます。
裏木戸のあたり、此處から入れないものかと、板塀をそつと撫でて居ると、
ドーン。
と夕空に
「お止し、鐵砲で殺しては可哀想」
女の聲、――あたりをクワツと明るくするやうな、不思議な艶と魅力のある聲です。
聲のした方を見ると、夕闇の中に浮出した美しい顏が、ニツコリして居るではありませんか。
眼の前、ほんの五六尺、飛びかゝれば飛びかゝれる距離ですが、相手はそんな事を考へてもゐない樣子で、續け樣にまたニツコリするのです。
「錢形の親分ね、表から名乘つて下されば、どんなにでもお相手をするのに、默つて入ると、あれ、あのやうに、鉛つ
「――」
「錢形の親分さんなら、私の方でよく存じ上げて居ります。でも、今日は駄目、あの通り鐵砲は二ヶ所から狙つて居るし、元込めで續け撃ちがきくから」
「――」
「御用があつたら、どなたかに頼んで、
「あツ」
平次も思はず聲を出しました。其處まで調べが屆いて居るところを見ると、迂濶なことは出來なくなります。
「もうお歸り? では又、お待ちして居ますわ、ウフ、フ」
隨分不思議ですが、女の生暖かい調子に
歸ると見せて、十歩、二十歩、元來た道を梅屋敷の方へ引返すと、後ろからは、何やら物の氣はひ、そつと振り返ると、先刻の男らしいのが、短銃を腕だめにしたまゝ、
「野郎ツ、ふざけた事を」
平次の反抗心は勃然として湧き起ります。
少し急ぎ足に、とある屋敷の角を曲ると、其處に待ち構へて、ヌツと後から來た男の鼻の先へ姿を現はしました。
「あツ」
飛込んで一當て、水落へ喰はせると、男は
平次は其處で、氣を
日頃の錢形には無い荒療治ですが、紫御殿の秘密が容易ならぬものと見て取つて、精一杯の陣を立てるのです。
男がやゝ氣を取直したときは、自分の帶でメチヤ/\に縛られ、丁寧に
「氣の毒だが、暫らく我慢しろよ。その代り、一
丁寧な捨ぜりふを殘して、平次は紫御殿の中へ入つて行くのです。
「お、
門番に聲を掛けられて、平次はギヨツとしましたが、持つてゐた短筒を見せて、
「ウン」
たつたそれ丈け、顎をしやくつて、庭へ入りました。小判形の門鑑を取出すにも及びません。
御殿の中の
その頃日本中に流行つた。隱し念佛の歌の無い合唱を、もう少し派手に美しくしたもので、心ある人が聽いたら、それは切支丹宗門のお祈の歌に似て居ると言つたかも知れません。
その女聲の大合唱を支配して、リン/\と響く、若々しい乙女の聲は、まことに鈴を振るやうで、何に譬へやうもなく、聽く者の肺腑に沁み入ります。
部屋から部屋、廊下から廊下を過ぎて、奧の一と間に近づいた平次は、漸く大合唱の湧き起る場所を突き留めて、
「――」
危ふく聲を出しかけたのも無理はありません。中は百疊敷ほどの大廣間で、正面に羽二重と錦の
巫女は皆若く美しく、さながら繪にある天女の裝ひです。羽衣を
平凡で退屈な生活に馴れた人達は、此世の中に、斯うした歡樂境もあつたのかと、たつた一と目で膽をつぶすことでせう。平次はさながら、龍宮城とやらに迷ひ込んだやうな心持で、暫らくは自分を忘れて居りました。
わけても、歌の
妖惡で
やがて、歌も踊も一段落になつた頃、平次はそつと几帳のかげを離れ、尚も奧へと進んで行きました。
何處からとも無く射して來る薄灯を便りに、此冒險は果てしも無く續きます。ところ/″\道が盡きると、窓から月の光が射し込んだり、思はぬところに部屋があつたりします。
ヒソヒソと囁やく人の聲に驚いて、幾度此まゝ引揚げようと思つたか知れませんが、平次は分捕つた短銃を握りしめて、それを頼りに、三階へ登つてしまひました。
天體の觀測、わけても
尤も、日本の昔の天文學は、今日考へたよりは進歩したもので、徳川時代の初期には、月日の
だが併し、民間の――しかもお宗旨の建物に、斯んな機構を持つて居るといふことは、全く客易ならぬことであり、平次の分捕つて來た、和蘭渡りらしい、精巧な
もう一つ驚いたことは、この建築の見事さでした。
一萬兩と言ふ金は、今の相場にして、何億に相當するでせう。
「あ、根津の辰三郎だ」
平次はフト思ひ當りました。江戸の大工では、
三階の渾天儀の側に、一つの臺があります。それは天井から太い
フト、その上に人間が乘つて、何をするのだらう――と、そんな事を考へ乍ら、半分は惡戯兒らしい氣紛れで、平次はその上に乘つて見ました。
そんな事を考へ乍ら、床几に腰をおろした平次は、
「あツ」
思はず聲を出しました。臺は平次を乘せたまゝ、スル/\/\と下へ落ち込んで行くのです。
エレベーター、と今の人には直ぐ氣がつくことでせうが、平次はもとよりそれを知る筈もなく、あれよ/\と思ふうち、臺は平次と共に、三間、五間と落ちて、建物の底と思ふあたりに、フンワリと止つてくれたのです。
あとで考へて見ると、臺が平次を載せて下へ降りる途中、もう一つの臺が、下から上へ同じ早さで昇つたやうです。多分ハネ
ところ/″\に鐵の網を掛けた夜明しの行燈が掛けてあり、明りは、覺束ない乍らも、何處からか射してをります。此處から廊下を辿つて居るうちに、外へ出る道が見付かるでせう。
平次はそんな心持で、五六間進むと、
「おや」
足にさはつたのは、一つの懷中煙草入です。手に取上げて、
此間から見えなかつた八五郎、さてはこんなところに潜つて居たのかと思ふと、謎は一應解けますが、さて心配が又一つ殖えたわけです。
さて、煙草入が落ちてゐる樣子では、八五郎は此邊に居るかもわかりませんが、お互に人目を
思ひ付いたのは、何んかの事件で、八五郎と合圖を交したとき、三つづつ二つ、三つづつ二つと、戸を叩いたことがあります。試みにそれを用ひて、廊下の戸を其處から始めて先へ/\と叩いて行きました。
「お、親分」
不意に押し
「馬鹿ツ、――そんな大きな音を立てる奴があるものか、靜かにしろ」
入つて見ると、當の八五郎は、散々に縛り上げられた上、布團で卷かれて
手早く解いてやると、
「濟みませんね、親分、どうなるかと思ひましたよ」
八五郎は隨分長く縛られて居たらしく、手足關節などを念入りに揉んで、漸くあんよは上手と立ち上がりました。
「何んて間拔けな恰好をして居るんだ。何時から縛られて居たんだ」
「面目次第もありません、全くあつしが惡かつたんで」
「何んか惡事に加擔でもしたのか」
「そんな氣のきいた話ぢやありません。紫教が、あんまり御利益があらたかなんで、ちよつと覗いて見ようとしましたが、町方役人とわかつて、どうしても入れてくれません。無理に潜り込んで調べると、半日も經たないうちに見付かり、町方の御用聞などは
「お前が、どうして町方のものとわかつたんだ」
「この良い男つ振りを知つてる奴があつたんで」
「
「まア、そんなことで、その上十手と捕繩を見付けられちや、どうすることも出來ません。口惜しいが
「何んといふことだ」
「その代り、いろ/\のことがわかりましたよ。兎も角外へ出ませう」
八五郎に促がされて、二人はどうやら塀を乘り越えました。丁度月が隱れて、庭には人影もなく、その上、林の方で何やら騷いでゐるのは、平次に縛られた男が猿轡を外して、騷ぎ立てゝ居るのでせう。
「あ、腹が減つた、もう歩けませんよ、親分」
「仕樣のねえ奴だ、話は後で聽くとして、それでは」
本當に動けさうも無い八五郎を、近所の蕎麥屋に連れ込んで、喰はせ乍ら話させる外はありません。
「こいつは全く一世一代の
「一世一代が顏見世毎に出て來るよ」
「からかはないで下さいよ。あつしが斯んなに腹の減つたのだけでも一世一代ぢやありませんか」
「成る程ね。それにつけても、あんまり詰め込むなよ、毒だぜ。
「大丈夫ですよ、まだ八杯しか喰ひません」
「あんな野郎だ、――ところで
「全く大縮尻で、――親分が考へるやうに金儲に入つたわけぢやありません。供へた金が倍増しになると言つたところで、穴のあいたのが二三十枚ぢや、百倍になつたつて多寡が知れてますよ」
「成程、御利益も貧乏人には大したことは無いといふわけか」
「あつしは手柄を立てゝ、世間の人をアツと言はせ度かつたんで、親分の
「そいつは氣が付かなかつたな。これからは八五郎親分と、親の附けた名で
「親分に當てつけたわけぢやありません。あつしはガラツ八でも、ガラ六でも結構ですが、世間樣に、錢形の親分の子分に、斯んな男がゐると思はせ度かつたんですよ。いつも錢形の親分と一緒で無きや、ろくな
「よしわかつた。お前が俺を相手に手柄爭ひをしてくれるのは、嬉しいことだよ。ところで、その先はどうした」
「二日の間縛られて、布團むしにされただけのことで、小便を
「馬鹿野郎」
「だつて、垂れ流しちや、親分の顏にも拘はるでせう」
「よし、その話はいづれ春永に、小便を
「それつ切りかはひどいでせう。見付かつて縛られるまで、兎も角半日もあの紫御殿の穴藏から三階までウロ/\して居たんですから、大概のことは見てしまひました」
「そいつは大手柄だつた。――ところで、どんな事に氣が付いた」
「先づ第一に、紫琴女といふのは二十五六の、滅法良い女だといふこと」
「フーム」
「少し
「で?」
「それが錢形の親分に惚れて居るんで」
「馬鹿ツ、冗談も休み/\言へツ」
「本當ですよ、本人が言ふんだから嘘ぢや無いでせう。――先刻も赤井主水の手下が、鐵砲で錢形の親分を狙ひ撃ちにしようとしたから、小石を飛ばして狙ひを狂はしてやつた。錢形の親分は何んにも知らずに、矢でも鐵砲でも持つて來いと言つた顏をするんだもの、お前の親分の平次も、男つ振りは良いけれど、大したもんぢや無いね――つて、面白さうに含み笑ひをして居ましたよ。あの含み笑ひが大したもので、聽いただけでウズ/\するでせう」
「――」
平次は恐ろしく苦い顏をして默つてしまひました。
「そして、斯う言ふんです。錢形の親分を此處へつれて來たかつたけれど、大
「フム」
「私は縛られて居るけれど、親分は泳がされて居るわけだ」
「ふざけちやいけない。話はそれつ切りか」
「赤井主水は凄い男ですよ。軍師で學者で、武藝が出來て、苦み走つた中年男で、紫琴女に夢中で」
「何? 二人は夫婦ぢや無いのか」
「間違ひありませんよ、唯の男と女で」
「お前は妙なことに目が屆くな」
「川柳にありますね、『そでなくてあの、
「で?」
「尤も、二人はうんと溜めましたよ。あの下げ臺(エレベーター)の下に、箱を敷き詰めた床があります」
「フーム」
「それが皆んな千兩箱ならどうします。チユウチユウタコカイナと勘定して見ると、ざつと六十八」
「――」
あまりの話に平次も默つてしまひました。
「その隣は開けずの間で、其處へは誰も入れません。下男がうつかり手燭を持つて近づくと、赤井主水に眼から火が出るほど叱り飛ばされましたよ。(其處は入つちやならねえ、傍へ寄るんでも、
「外には」
「二階の紫琴女の部屋は、道具が皆んな、三つ葉
「いや、赤井主水は
「そいつは大變ですね、親分」
「調べて見なければわかるまいよ。ところで、疲れて居るだらうな、お前は?」
「御冗談で、腹さへ一杯なら、此處から明神下へだつて驅けて行きますよ」
「空きつ腹に、うんと詰め込んで、驅けちや毒だ、ソロ/\と行つて」
「何處へ行くんです」
「根津の辰三郎といふ
平次の頼みは行屆きます。
平次が明神下の家へ歸つたのは、もう夜半近い時分でした。
「今歸つたよ」
格子をガラリと開けましたが、締りも無い癖に中は眞つ暗、いつも飛んで出る女房のお靜は、その晩に限つて返事もしてくれません。
「おい、どうかして居るのか」
中へ入つて、手探りで火打箱を見付け、せはしく
「?」
平次はせはしく
フト氣がつくと、入口の障子際に、前掛が一つ、クルクルと丸めて置いてあります。お靜がちよいと小買物などに出かけ時、よくやる癖で、多分何んかの用事で、ツイ其處まで出かけたのでせう。が、まだ若くて美しいお靜が、夜半近い町へ、少し位の用事で出かける筈も無かつたのです。
念のため隣へ聲を掛けましたが、何んにも氣がつかず、お靜からの言傳も無いと言ひます。計畫的に出かけるのなら、必ず平次への言傳がある筈です。それが無いのは?
「――」
平次は默つて考へ込みました。
部屋の中は綺麗に片付いて、少しも取散らかしては居ず、危害を加へられた樣子の無いことは前掛の疊み癖でもよくわかります。
どうかしたら、お靜は、夫の平次に逢ひに行く氣で出かけたのでは無いか――平次はそんな事を考へて、ゾツと身を顫はせました。夫の平次の迎ひでも來て、本人の平次に逢ひに行く氣で出かけたのなら、置手紙も言傳も無い筈です。
お靜の母親の家へ行つて見ようか――フトそんな事も考へましたが、此處に留守番が無いと、行き違ひになる
が、間もなく八五郎が歸つて來ました。
「親分、大變なことになりましたよ」
眞夜中の路地口から怒鳴り込むガラツ八です。
「何んだ、相變らず、御近所の衆が膽をつぶすぜ」
「あつしも膽をつぶしましたよ。根津へ行つて、棟梁の辰三郎の家を搜すと、――どうなつたと思ひます、親分」
「おれが知るものか」
「つい先刻、殺されたといふ騷ぎぢやありませんか」
「何?」
「棟梁は大變な湯の好きな人で、朝行つて夜行く、――今晩も一人で町内の湯へ出かけて、それつ切り歸らないから内弟子が二三人で迎へに行くと、驚くぢやありませんか、
「わかつて居るよ、八」
「誰の仕業でせう親分」
「紫御殿を建てたのが惡かつたんだ」
「えツ」
「こいつは容易のことぢや下手人は
「其處へ行つたものでせうか、親分」
「待て/\、お前はもう一度根岸へ行つて、棟梁辰三郎の家へ泥棒が入らなかつたか訊いて來てくれ」
「それなら大丈夫で」
「何が大丈夫だ」
「泥棒ならもう入つて居ますよ。棟梁の死骸が藍染川で見付かつて、家中の者が皆んな川岸つ縁へ行つて、死骸を引揚げたり、泣いたり大騷動をして居る最中、横着な空巣狙があつたもので、棟梁の家へ行つて、棟梁の部屋に置いてあつた手文庫をさらつて逃げましたよ。手文庫は打ちこはして庭に捨てゝありましたが、中に入つてた物は、皆んな盜られた相で」
「どうせそんな事だらうよ。狙ひはそれだつたのさ――手文庫の中には繪圖面があつた筈だ」
「へエ?」
「お前は通三丁目の井筒屋へ飛んで行つて、あの主人が、まだ俺に隱してることは無いか、それを聽き出してくれ。うつかりすると、取返しのつかない事になるから、無理にでも言はせるんだ。まだきつと、何んかあるに違ひない」
「ところで、先刻から氣になつて居たんですが、姐さんは
「いや」
「姿を見せないやうですが」
影の形に添ふやうに、平次の側に居るお靜が、早寢をする筈も無いと、八五郎は怒つたのです。
「實は、先刻から見えないんだよ」
「へエ? 親分が歸る前から?」
「戸が開いて、灯が無くて、前掛をお勝手に取つてあつたんだ。腑に落らないことばかりだが、探しやうは無い。通三丁目へ行く序と言つちや惡いが、
「そいつは大變ぢやありませんか、親分。見當はつきませんか?」
「大方付いて居るが、手のつけやうは無い」
「で親分は何處へ行くんで」
平次が手早く外出の仕度をするのを見て、八五郎は訊くのです。
「寺社のお係へ行つて見る。紫御殿とか何んとか言つても、いづれ寺社の方に屆けはあるだらう」
「へエ」
「次第によつては手を入れて頂く。三つ葉葵の紋と、千兩箱が六十幾つと、渾天儀があれば、言ひ拔けはさせない。その上火氣を嫌ふ地下の部屋には、何があるかわかつたものでなく、俺を狙つた
平次はもう、これが最後のゴールと思ひ込んでゐる樣子です。
その翌る朝、通三丁目の井筒屋豊三郎が、自分の部屋の外、縁側で斬られて死んでゐるといふ屆出がありました。
早速八五郎の知らせで、平次が飛んで行つて調べると、雨戸は何んの技巧もなく外からコジ開けられ、驚いて部屋から出たらしい豊三郎は、縁側へ出たところを、物蔭から飛出した曲者に、左肩先を深々と斬り下げられ、聲も立てずに死んだ樣子です。
その手際の見事さ、なか/\の達人業で、決して非力な女などに出來ることでは無く、部屋の中は隅々までもよく整頓されて、物盜りの仕業とも覺えません。
「八、お前は昨夜、井筒屋の主人に、良い時逢つて置いたな」
平次は八五郎を顧みて斯う言ふのです。昨夜遲くなつてから、疲れ切つて居る八五郎を
その時井筒屋豊三郎は、昨夜八五郎に訊ねられて斯う話しました。
「これを申上げると、私の命は危いかも知れませんが、二人の娘を
八五郎も、それを傳へ聞いた平次も『そんな馬鹿なことが』と驚きましたが、
「いろ/\伺つて見ると、嘘とばかりは申されません。證據の數々も揃つて居り、それを龍の口へ差出せば、今にも御召出しになつて、上樣と御對顏の上、何んとか身の恰好もつくだらう――と斯う申します、駿河大納言の御血筋とあれば、公儀の御沙汰があり次第、出世は見えて居ります。紫教の宗祖といふことで、世上の榮華は御辭退申上げても、一山一寺の御建立は安いこと、その時は私の一萬兩が五萬兩にもなるわけと思つたのが、素人量見の淺ましさで御座いました。二人の娘まで
――井筒屋豊三郎が、八五郎に言つたのは大體こんな打明け話でした。それをその晩のうちに、もう一度明神下まで引つ返して平次に報告すると、
「それでいろ/\の事がわかつたよ。狐つき見たいになるのは、人の心をかき亂す、惡い教にあり勝ちのことだ」
それは兎も角、事件は次第に明らかになりましたが、いやしくも駿河大納言の
井筒屋の主人の死骸は、娘が二人紫御殿から動かうともしないので、一と先づ奉公人や親類達の手で取片付け、葬ひは暫らく樣子を見る事になりました。そして何も彼も
一方、根岸の紫御殿では、此時思ひも寄らぬ事件が起つて居ります。
あらゆる人を遠ざけて、宗祖紫琴女と、別當赤井主水の二人、渾天儀を据ゑた三階の一室に、
「もう、宜からう、此邊で引拔いては」
赤井主水は、少し醉が發したらしく、宗祖紫琴女の方へ、身體を摺り寄せました。三十五六の逞ましいが立派な男で、色の白い、青髯の濃い、鳳眼、隆鼻で、少し不氣味な人品でもあります。
「何を言ふのです、宗祖樣と仰しやい」
紫琴女は屹となりました。これも
「ウ、フ、お琴さんと言つた方がよからう、――だが、有金は六萬八千兩、邪魔になる人間は二人共死んでしまつた。
「止して下さいよ、汚らはしい」
紫琴女のお琴は、首へ絡んで來る男の手の下をかいくゞつて、ドンと突きました。
「あ、危ない、――が今更この赤井主水を嫌つては濟むまいぜ、恐れ乍らと訴へて出ると――」
「お默り、人を殺したのはお前ぢや無いか。棟梁と井筒屋と、――私の知つたことでは無い。第一女にあんな仕事が出來るわけは無い」
「二人を殺してくれと言ひつけたのは、どなたでしたつけ。その他、人の心を惑はす、からくりの數々」
「えツ、言ふな」
紫琴女は此時もう、赤井主水に抱きすくめられて、兩足を宙に、唯もがくばかりです。
「大きい聲は出せない、――同じことなら、祝言の盃としてはどうだ。まだ紫琴女には
紫琴女は抱きすくめられて、暫らく默つて居りましたが、やがて、赤井主水の首を卷き返すと打つて變つた優しい調子で、
「負けた。私はどうせ、お前には叶はない」
「よし/\負けとわかれば、それで結構、さア、氣の變らぬうちに」
「祝言の盃でせう、仕度をしませう」
紫琴女は、やゝ亂れた盃盤を直すと、新しい銚子を一本取寄せ、盃を洗つて赤井主水に差しました。
が、
「こいつは有難い、高砂やアと來るか」
赤井主水はその盃を一氣に傾けて、フーと息を吐くと、續けてもう一杯、二杯と紫琴女が重ねさせます。
「どう、氣分は?」
紫琴女はケロリとして訊くのです。
「ウーム」
赤井主水は唇を噛みしめて、胸をかきむしりました。
「ま、大變な御機嫌ね」
「やつたな、女」
苦悶の手がグイと伸びて、紫琴女の袖を掴むと、女はそれをフリ切つて立ち上がりました。
「フ、フ、フ」
湧き上がるやうな笑ひ、女の頬には可愛らしい笑くぼが渦を卷きます。
平次が紫琴女の手紙を受取つたのは、その晩の
寺社と町方の手入れの打合せは、八五郎に頼んで置いて、平次は兎も角根岸に向ひました。
今夜は言ひ含めてあつたものか、誰もとがめる者もなく、大玄關から聲をかけると、
「ま、錢形の親分、よく來て下さいました。今夜は家の者を皆んな出してあります、どうぞ此方へ」
紫琴女が自分で出迎へて、豪壯な御殿の三階へと導くのです。
平次は此女の馴々しさや、非凡の美しさ、身だしなみのよさから、宗祖といふ嚴しい名よりも、一流の
三階の渾天儀の側、先刻まで祝言ごつこをやつて居た部屋の唐紙を開けると、
「あツ」
中には黒血に染つて、赤井主水のこと切れた姿が横たはつて居るではありませんか。
「驚いたでせう、錢形の親分。赤井主水は身の罪を恐れて、毒を呑んで死んで了ひました」
中には盃盤があるわけでも無く、さう言へば、さう見られないこともありません。
「毒死?」
「え、御覽の通り、棟梁辰三郎と井筒屋の主人を殺した罪を責められ、此通り自害して相果てました」
「毒は何んで?」
「どんな毒か存じません。酒に入れて呑んだやうで」
「その酒は? 酒の道具は」
「あ、それは片付けてしまひました」
紫琴女の顏がサツと變つたやうです。
「で、御用と仰しやるのはそれ丈け?」
「もう一つお願ひが御座います」
「?」
「
紫琴女は先に立つて、二階の一と間、恐ろしく豪華な八疊に案内しました。多分自分の部屋でせう。三つ葉
「で、御用は?」
座も定まらぬうちに、平次は切出します。此家の何處かにお靜が隱されてゐると思ふせゐか、さすがの平次も氣が氣でない樣子です。
「外では御座いません、――紫教も別當の赤井主水に死なれては、明日からの取締りに困ります。さぞ飛んでも無い事を言ふ女だと覺し召すでせうが」
「――」
「赤井主水の代りに、親分が、此紫御殿の取締をお引受け下さいませんか」
「えツ」
「決して御迷惑はかけません。――信者の數は江戸だけでも何萬人、此處に積んである現金だけでも、八五郎親分も見た筈、六萬何千兩、いづれは御公儀の御力で、
うまい事を言ひ乍ら、紫琴女は平次の側に寄ると、その手を握つて、自分の身體を、平次の膝に投げかけるのです。
宗祖と言つても、これ實に非凡の美色、よしやこれが惡魔の
「ね、親分、少しは私の氣にもなつて」
それは宗祖紫琴女といふよりは、名ある
「
平次の心は、併し、戀女房お靜のことで一杯です。立上がるとツイ、足が宙に浮くのです。許されゝば、此女怪を足蹴にしてやり度かつたでせう。
「――」
紫琴女の顏はサツと蒼くなりました。激怒が全身の血を凍らせたのです。
「紫教數々の
「嘘」
「嘘だと思つたら、雨戸の隙間から覗いて見るが宜い。塀の外は御用の提灯で一パイ、蟻の這出る隙間も無い」
「――」
紫琴女はさすがに不安になつたものか、雨戸を細目に開けて、チラリと外を覗きましたが、さすがに顏色を變へて元の座に戻りました。
「この勝負は、負けと解つたか。わかつたら、せめてお靜を返せ、何處に居る」
平次は矢張りそれが氣になつてならなかつたのです。
「いさぎよく、負けませう。そして、お靜さんを――無事な姿のまゝ還しませう」
「何處だ」
「いつか、八五郎さんの縛られた部屋の隣」
「よし、行かう」
「いえ、私が案内します」
紫琴女が先に立つて、第一階へ降りました。其處から又少し降りると、八五郎が縛られた部屋と、千兩箱を敷き詰めた部屋があり、その先に又もう一つの部屋。
「一寸待つて下さい、鍵を持つて來ますから。いえ、逃げるなんて、そんな卑怯なことはしません」
一寸小戻りして、板戸におろした錠をあけると、平次を
「何んだ、鍵をかけるのか」
「え、この部屋は、内からも鍵が掛けられます。此通り」
紫琴女は自分の手で
「何をするのだ」
「暫らく斯うして、ゆつくりお話しようと思ひまして」
「馬鹿な」
「何んか、臭ひがしません」
「キナ臭いやうだが」
「萬一の時の用意、この穴倉には、
「あツ」
「今から煙草五六服の間に、火繩の火が煙硝に移つて、私も、親分も、お靜さんも、この紫御殿ごと吹き飛ばされ、微塵に碎けて飛ぶことでせう」
「あ、何んといふことをするのだ」
「私は嬉しい、親分と一緒に死ぬなら」
「えツ、馬鹿な」
首へ胸へと
此時、その隣の部屋には、メチヤメチヤに縛られた上猿轡を噛まされたお靜が、いつかの八五郎のやうに、床の上に轉がされて居りました。口は利けなくとも、紫琴女の聲はよく聽えます。
今はもう寸刻の猶豫もなりません。お靜は恐ろしい骨折で
お靜は直ぐ樣火繩に噛りつきました。火繩が短かくて、容易に口が屆きませんが、辛くもそれに口が屆くと、噛んだまゝ引いて見ましたが、火繩は拔けさうもなく、此上は
幸ひ煙草五六服と言つたのは紫琴女のおどかしで、火繩は口で引つ張ると三寸位にはなりました。それを噛み切るまでのお靜の努力は、どんなものだつたか、後に殘つた頬と唇の火傷の痛々しさが長くそれを説明しました。
その間にも紫琴女は必死と平次に絡みつきますが、それを押へて板戸を叩くうち、漸くお靜は火繩を噛み切つたのです。
が、當のお靜は緊張が解けて、そのまゝ氣を
「錢形の親分は?」
「此處、此中」
お靜に指された板戸の外から多數の力で叩き割ると、床に崩折れた艶めく女。
「や、舌を噛んだな」
萬事は終りでした。紫琴女は平次の足に絡みついたまゝ息も絶え/″\になつて居り、お靜は繩を解かれると、飛鳥のやうに夫の