錢形平次捕物控

苫三七の娘

野村胡堂





「へツへツ、親分、今晩は」
 ガラツ八の八五郎、たがのはじけた桶のやうに手のつけやうの無い笑ひをたゝへ乍ら、明神下の平次の家の格子を顎で――平次に言はせると――開けて入るのでした。それは兩の手で彌造を拵へて、格子をまともに開けられる筈はないからだといふのです。
 五月のある日、爽やかな宵、八が來さうな晩でしたが、お仕着しきせの晩酌を絞つて、これから飯にしようといふ頃になつて、漸く個性的な馬鹿笑ひが、路地の闇をゆさぶるのでした。
「お前が笑ひ込んで來ると、御町内の衆は皆んな膽を潰すぢやないか、何がそんなに可笑しいんだ」
「へエ、あつしはどうかしてはゐませんか、親分」
へそのロクロが、少し損じて居るんだらうよ、どうしても笑ひの止らないところを見ると」
「そんな間拔けな話ぢやありませんよ、あつしといふ人間は、どうして斯うも、綺麗な新造に好かれるかと――へツ、へツ」
「止さないかよ、馬鹿々々しい、お靜はお勝手口から逃出したぢやないか、お前の話を聽いて居ると、命にかゝはる」
「それほどでも無いでせう。兎も角、田原町から此處まで來る間に三人の新造に首つ玉に噛りつかれたんだから、大したものでせう」
「少し變だな、氣は確かゝ。おい、野良犬にじやれつかれたのを、新造と間違へたわけぢやあるまいな」
「飛んでも無い、野良犬があんな結構な香りを匂はせるもんですか」
 八五郎はやつきとなります。
「どうも少し變だぜ、順序を立てゝ話して見な」
「順序を立てると、先づ田原町の八人藝、とま三七郎の家へ行つたことから話が始まります」
「苫三七郎――フム、變な男と掛り合ひをつけたものだな」
「御存じの通り、江戸中何處へでも、小屋を掛けて藝當を始めるから苫三七郎、ちよいと貧乏臭くて器用で、世間では大したものでないやうに思つて居るが、座頭の三七郎はなか/\の藝達者で、その上氣持の良い男だ。あつしとは長い間の附き合ひで」
「妙な友達を持つたものだな、まア、宜い。先を話せ」
「その三七郎の藝を一度親分に見せ度いな、家の藝は手踊だが、物眞似、小唄、一人芝居から、品玉までやるといふ藝達者で、とりわけ、二つ面を使つての所作は大したものですぜ」
「それがどうした」
 八五郎の話は長くなりさうです。
「その三七郎が、兩國廣小路に小屋を掛ける時、あつしが世話をしたのが縁で懇意こんいになり、ちよい/\行つて無駄話をしてをりますがね」
「フーム」
「その三七郎が此間から、妙にふさいでゐるから、何うしたことかと、二三度訊いたら、すまねえが、八五郎親分にはうつかり話せねえ、――と笑つて相手にしなかつたんで」
「――」
「ところが、今日といふ今日、田原町の三七郎の家で一杯飮んでゐると、よく/\思ひ詰めたらしく、『どうも氣になつてならねえことがあるから、こいつを當分預かつて置いて、萬一のことがあつたら開けて見てくれ』と、ひどく勿體をつけて、紙に書いたものを、小さく疊んで、封をしてあつしに預けましたよ」
「フム、面白さうな話だが、――それからどうしたんだ」
「田原町を出たのは薄暗くなつてから、ホロ醉ひ機嫌で、鼻唄なんか歌つて門跡もんぜき前まで來ると、いきなり一人の女が、前から飛んで來て、ドカンと突き當るぢやありませんか」
「どんな女だ?」
「若くて綺麗な女でしたよ、薄暗くてよくは見れなかつたが、若くて綺麗だつたことにしなきや、突き當られたあつしが納まりませんよ。兎も角、前屈みになつたまゝ、島田まげあつしの鼻のあたりへ叩きつけて、あれツとか何んとか、精一杯噛りつきましたが、氣が付いて極りが惡くなつたものか、あつしが備へを立て直して、女の顏を覗いて見ようとすると、キヤツともスウとも言はずに、宵闇の路地の中に消えてしまひましたよ」
「何んか盜られはしなかつたのか」
「盜られるやうな氣のきいたものは持つちや居ません。あつしは御存じの通り、江戸の町を歩く時は、路用は持たねえことにして居るんで」
「路用だつてやがる、少しは小錢を持つて歩け。それがたしなみといふものだ」
「へツ、そのたしなみ、生憎、懷中ふところに三日と逗留したことはありませんよ、空つぽになると、紙入ほど邪魔なものはありやしません」
「煙草入位はあるだらう」
「それも、この月に入つてからは、お先煙草ときめましたよ。なまじつか、空つぽの煙草入をぶら提げて歩いて、人樣の煙草を貰つて吸ふより、煙草入を忘れて來たといふことにした方が立派でせう」
「立派だつてやがる、――成程それだけサバサバして居ると、巾着切きんちやくきりが車掛りで攻め寄せても驚かねえ」
「でせう、だから此方は膽がすわつてますよ。三七郎に預つた代物しろものは、肌守りの中へ封じ込んであるし、此のまゝで泥棒の巣へ轉がされても、憚りながら盜られるものなんかありやしません」
「で、二度目は」
「向柳原の叔母さんの家へ寄つて、――晩飯は濟んだし、これから明神下の親分のところへ行くから、歸りは遲くなるかも知れない、――と言つて、路地の外へ出ると、今度は背後うしろから、恐ろしく肥つた油臭いのが『口惜しいツ』と首つ玉へ噛りつきましたよ」
「油臭いの?」
「へツ、少し胸の惡くなるやうな、變な匂ひでしたよ。あんなのは、盆と正月にしか、髮を洗ひませんよ。――いきなりあつしの首つ玉にぶら下がつて、懷ろへ手が入るぢやありませんか」
「それも顏を見なかつたのか」
「小話の太田道灌だうくわんぢやないが、あの路地は歌道かだうが暗い」
「洒落を言つてはいけない」
「肥つた、ネツトリした女でしたよ。口惜しいが、これは若くなかつたやうで」
「三度目は?」
「明神下のこの路地の入口ですよ」
「フーム、お膝元にも、そんな化け物は居たのか」
「その上、こいつは化物の方でも大眞打で、横から這出して、あつしの腰へ抱きつくと、――兄さん逢ひ度かつた――と來た」
「それは若かつたか」
「お膝元の路地も太田道灌で、年もきりやうもわからないが、何しろ、ヤハヤハとからみついて、鼻聲で囁いて、いや、その惱ましいといふことは」
「髮は?」
「大一番の島田」
「大一番の島田は變だな」
「兎も角、なよ/\としなだれ掛かるから、少し氣味が惡くなつて、――おい人違ひだよ、――と突つ放して、此處へ飛込みましたがね、一と晩に若い女三人に獅噛みつかれたのは、あつしも生れて始めてですよ。江戸といふところは、若い者には張合のあるところだと思ふと、腹の底から嬉しくなつて」
 八五郎はさう言つて又ニヤニヤするのです。


「それで、大方の話はわかつたが、とまの三七郎から預つた、何んかの大事さうな書き物はどうした、無事だつたのか」
 平次は改めて訊ねました。
「それはもう玉取り姫が姉妹揃つて來てもこれは大丈夫で、何しろ紙入も煙草入も無いあつしだから」
「そんな事が自慢になるものか」
犢鼻褌ふんどしの三つもくゝらうと思ひましたがね。相手が有難さうにして居るから、罰でも當つちや惡からうと、叔母さんが拵へてくれた肌守りの中に封じ込んで來ましたよ、この通り」
 八五郎は懷ろをくつろげて、掛け守りを取出しましたが、思はず、
「あツ、こいつはいけねえ」
 あわてゝ立ち上がると、帶を解いたり裾を叩いたり、すつかり度を失つて居るのです。
「どうした、八」
「見えませんよ、掛け守りの紐だけあつて、ぶら下がつて居る守袋は引き千切られて居ますよ」
「そんな事だらうよ、お前の話は少し面白過ぎた」
「どうしたんでせう、親分」
「盜られたにきまつて居るぢやないか。江戸はどんなに面白い所だと言つても、田原町から此處へ來る間に、三人もの夜鷹よたかに噛りつかれてたまるものか」
「さうでせうか」
「相手は、その預り物を紙入か煙草入に入つて居ることだらうと、甘く見て掛つたに違ひあるまい。ところが、八五郎兄哥あにいと來ちや、江戸の町を歩くのに、路用も煙草入も持たねえ人間だ。仕方が無いから、大眞打おほしんうちのネツトリしたのが出陣して、文句入りで八五郎に獅噛みつき、うまい啖呵たんかかなんか考へて居る隙にお前の懷から守袋を千切つてしまつたのさ」
「あの預つた品は何んでせう、親分」
「俺にわかるものか、――三七郎は何んにも言はなかつたのか」
「言つて居ましたよ、――俺はどうも、命を狙はれて居るかも知れない――と」
「フーム」
あつしはさう言つてやりましたよ。命を狙はれて居ると感付くやうな時は、不思議に殺し手は無いものだ、安心するが宜いとね」
「だが、油斷はならないな、――誰が一體三七郎を殺さうとして居るのか、そこまでは漏らさなかつたのか」
「そんな事は言やしません」
「でも氣になつてならないな――お前は今晩疲れて居るだらうな」
「疲れ? へツ、そんな氣取つた臺詞せりふは、あつしの書き拔きにはありませんよ、去年の流行感冒はやりかぜにやられた時、葛根湯かつこんたうを一升五合ばかり飮んで、布團を三枚冠つて、半日寢込んだ時は少し疲れたやうな氣がしましたがね」
 八五郎が馬のやうに丈夫なことは、平次も知り拔いて居りますが、もう戌刻いつゝ過ぎの時刻を考へて、平次も少し躊躇ちうちよしたやうです。
「それぢや、御苦勞だが、もう一度田原町へ行つて見るか。三七郎に逢つて、一刻も早く預つた書類を盜られたことを話し、あの中に何があつたか」
「そんな事ならワケはありません。行つて來ますよ、親分」
 八五郎は本當に躊躇を知らない男でした。平次にさう言はれると、守袋を盜られた自責の心持もあつたのでせう、其儘、夜の町に飛出してしまつたのです。
「八、待ちなよ、淺草まで此夜更けに行くんだ、せめて、これでも」
 平次は紙入を持つて追つかけましたが、八五郎の姿はもう、五月闇さつきやみの中に消えてしまひました。
 それから一ときあまり、平次は寢もやらず待つて居りました。三七郎のことがいかにも心配になつたのと、疲れて居るに違ひない八五郎を、仕事に追ひやつたことが氣になつて、もう一本つけさせる張合もなく、煙草ばかりいぶし續けてゐたのです。
 やがて亥刻半よつはん(十一時)近い頃、三間町の菊太郎といふ、名前だけは優しい、中年過ぎの下つ引が、ヨチヨチし乍ら飛んで來ました。
「錢形の親分、大變ツ」
「どうしたんだ、三間町の菊兄哥あにいぢやないか」
「八五郎親分の使ひですよ、すぐ田原町へ來て下さるやうにと」
「何んか間違ひでもあつたのか」
「八人藝の苫三七郎が首をくゝつて死にましたよ」
「えツ、――そんな事ぢや無いかと思つたよ――俺も一緒に行きやよかつた」
 平次はさう言ひ乍らも、手早く仕度をして、田原町へ驅け付けたことは言ふまでもありません。


「親分、大變なことになりましたよ」
 八五郎に迎へられて、平次が田原町へ着いたのは、もう子刻こゝのつ(十二時)近い頃でした。それにも拘らず、路地の奧一帶はゴタゴタして、何んとなく不安な氣持が漂つて居ります。
「三七郎が死んだ相ぢやないか」
「それが變なんで、見て下さいよ、親分」
 八五郎は待ち構へて居たやうに、平次を現場に案内しました。
 三七郎の家といふのは、三七郎の外に一座の花形で、お百合ゆりとお若といふ年頃の娘が二人一緒に住んで三七郎の世話をして居ります。女房に死に別れて、あとは奉公人もありません。他に、道化だうけの世之松と、囃方の喜久治、お卷といふ中年の夫婦者は居りますが、これは二軒長屋の壁隣の家に三人で別に世帶を持つて居ります。
 二人の娘は、いづれも三七郎の本當の子ではなく、この種の藝人によくある、わらのうちからの貰ひ子で、どちらも十八、負けず劣らずの美しさで、行く先々の人氣をさらつて居ります。
 二人の娘は、平次を迎へて、板の間に並んで居りましたが、うとい灯で見ても、成程これは非凡の可愛らしさです。違つたところを言へば、お百合の方は細面の淋しい顏立ちで、上品ではあるが、愛嬌に乏しく、眼鼻立ちの整つた、やゝ冷たい感じです。お若の方は血色の良い丸ポチヤで、いかにも可愛らしい娘です。おひんはお百合に及ばなくとも、舞臺愛嬌があるので、お客樣からはお若の方がグツと人氣があります。
 二人共粗末なお仕着せ、上眼遣ひに見送つた眼は、ひどくおびえて居ります。
 死骸は奧の六疊、それは三七郎の居間でも、寢部屋でもありました。調度も貧しく、酒の道具は裏庭に散らばつた儘、仰ぐと天井板が半分しか無く、太いはりが頭の上を通つて居るのも見窄みすぼらしい限りです。
 三七郎の死骸は、その梁の下に、首から細引を解いたまゝで横たはり、踏臺は後ろの方に蹴飛ばしたらしく、唐紙のところに轉がつて居りますが、三七郎が首を吊つたとすれば、梁の位置から考へて、蹴飛ばした踏臺は、縁側寄りの障子の側でなければなりません。
 八人藝の三七郎は、藝達者ではあつたにしても、決して暮しの變な方ではなく、貧しい晩酌の中に死んでゐる姿は、いかにも憐れでした。四十五六の華奢な男で、人品は決して惡い方ではありませんが、くびれて死んだ者の苦痛と醜さは、不氣味に青黒い顏にコビリ付いて居ります。
 死骸のもりをして居るのは、隣に住んで居るといふ道化の世之松でした。三十四五の、青白い男で、表藝は道化でも、素顏は寧ろ淋しく深刻な方で、世過ぎの辛さを刻みつけて居るやうです。
「御苦勞樣でございます、飛んだお手數を掛けまして」
 道化の世之松はヒヨコヒヨコとお辭儀をして居ります。
「今晩三七郎の死骸を誰が見付けたんだ」
 平次は斯んな平凡な調子で始めました。
「昨日から駒形町に小屋を掛けることになつて居りましたので、私とお百合さんとお若さんは、其方へ參つて居りました。夕方一度戻りましたが、その時は親方は元氣で、八五郎親分と飮んで居りました。私は仕事を仕殘しましたので、薄暗くなつてから、囃方はやしかたの喜久治夫婦を誘つて、お若さんと四人連れで又出かけましたが、お百合さんは氣分が惡いからと言つて後に殘り、親方の酒の相手をさせられた相ですが、暗くなつてから町内の丁子湯ちやうじゆへ入り、四半刻ほどして歸つて來ると――」
「三七郎が梁に首を吊つて居たといふのだな」
「その通りで、へエ」
「親方の三七郎には、死ななきやならぬ程の差し迫つた苦勞でもあつたのか」
「確かなことはわかりませんが、何んか御武家を相手に、掛け合ひごとはあつたやうで」
「どんなことだ」
「どんなことか、こちとらにはわかりませんが、何んでも、此の二三日はひどく腐つて居たやうでございます」
「金の苦勞は無かつたのか」
「どうせ、樂ではございませんが、それでも、死ななきやならないほどのものは、人樣が貸しても下さいません」
「成程な」
 さう言へばそれに相違ありません。
 道化の世之松が隣の喜久治夫婦を呼びに行つた間に、平次は八五郎をあごで呼びました。
「どうだ、八、お前の考へは」
「へエ、どう見ても三七郎が自分で首をくゝつたに違ひありませんが、今日の夕方あつしと逢つた時は、唯事でない顏色でした。それに、あつしの懷中から、三七郎に預つた書き付けを盜つたのも、わけがありさうですが――」
 八五郎は首をひねるのです。
「三七郎の首の細引の跡は、間違ひもなく上から吊つたものだが、俺には腑に落ちないことがあるのだよ」
「どんなことです、親分」
「結び目は、繩が一重でわなになつて居るだらう。首でも縊らうといふ人間は、十人が十人まで細引を二重に卷くものだ、一重の細引では苦し紛れに動くと、顎からスル/\とはづれることがあるだらう」
「へエ? 親分もやつて見たやうですね」
「罠にして首を突つ込むと、罠が締つた時細引が伸びるから、どうかすると、足が下へ着く」
「成程ね」
「あの梁の上を見てくれ、其處に踏臺があるだらう、俺は行燈を差出してやる」
「へエ、首吊の使つた踏臺に登るのは氣味がよくありませんね」
「何を言ふ、お前なんか、死神を一たばはとケシかけたつて、首なんか吊る氣遣ひは無い」
「有難い仕合せで」
 八五郎はそんな事を言ひ乍ら、踏臺の上から、梁の上、細引の掛つたあたりを覗いて見て居りましたが、やがて大きな聲で、
「梁の上はいたやうですよ、まさか、梁の上まで掃除が行屆く筈は無いから、人が此處へ乘つて、ワザをしたんでせうね」
「よし/\、それで澤山だ」
 八五郎の張り上げる聲を平次はあわてゝ止めました。


 八五郎が梁から降りると、道化の世之松は囃方の喜久治とその女房のお卷をつれて來ました。亭主の喜久治は四十二三、女房のお卷は三十五六、何方どちらも申分なく世帶崩れがして居りますが、二人ともよく食ふと見えて、なか/\見事な恰幅です。
「へエ、へエ、飛んだことになりました。親方に死なれては、差當り私共が途方に暮れます。明日駒形で小屋を開けるのだつて、どうなりますことやら」
 喜久治は先づ、自分の利益がピンと來る樣子です。
「お前達は何處かへ行つて居た相ぢやないか」
「へエ、駒形の小屋の樣子を見たり、道具を調べたり、明日の打合せをして居りました」
「誰と、誰とだ」
「私と、女房と、道化の世之松と、それにお若さんの四人でございました、――近所でお訊ね下さればわかります。何しろとま三七郎の一座で、むしろ張り同樣の粗末な小屋を掛けるのが、私共の一座のならはしで、その代り、一日か二日で仕上げてしまひます、その忙しさと申すものは――」
 喜久治は際限もなく辯じます。
「三七郎を怨む者でも無かつたのかな」
「そんな事はありません、多寡が吹けば飛ぶやうな藝人で、へエ」
「何んか、心配事があつた相ぢやないか、――武家を相手に」
「それも薄々は聽いて居ります」
「どんな話だ、それを聽かしてくれ」
「私より、女房の方がよく存じて居りますが、――何んでも亡くなつた親方のお神さんから、誰にも決して言はないやうにと、内々聽いたことがある相で」
「?」
 平次は默つて女房のお卷を促がしました。三十五六と言つても、青脹あをぶくれの大きい女で、少し貧乏疲れはして居りますが、何んとなく旺盛な感じのする女です。
「それが妙な話なんですよ、親方の娘二人、お百合さんとお若さんは、何方どつちも親知らずの貰ひ娘で、身内も兄妹も無いのかと思ふと、そのうちの一人、たしかお若さんの方は、日本橋とかのさる御大家のお妾の子で、本妻が生きて居るうちはやかましく、親知らずの約束で金をつけて三七郎親方夫婦にくれてやり、十八年も育てゝもらつたといふんで」
「――」
 話の奇怪さに、平次も默つて後を促しました。
「親方夫婦は長い間旅興行たびこうぎやうに出て、私共も名古屋で一緒になり、一座を組んで江戸に歸つたのは今から五年前、親方夫婦は、二人の娘を、本當によく可愛がりました。どつちも、御覽の通り綺麗で利口で藝達者で、申分の無い娘達です。可愛がるのも無理はありません――ところが」
 女房のお卷は固唾かたづを呑みました。
「何んか變つたことでもあつたのか」
「近頃になつて、お若さんの親が名乘つて出たのです」
「?」
「何んでも、日本橋のびつくりする程の大金持だ相で、本妻が死んで跡取は無く、今では十八年前に、妾の腹に出來た娘を搜し出して、家を繼がせる外に工夫も無くなり、人を頼んでいろ/\骨を折らせましたが、その娘の母親だつた妾も亡くなり、一二年は途方に暮れましたが、近頃になつて、娘の貰ひ手が、苫三七郎といふ藝人とわかり、その大町人の昔からの用心棒、竹中十兵衞といふ浪人が、三七郎親方を訪ねて、娘を返せといふ、強談判こはだんぱんを始めたのです」
「返せばそれで濟むことではないか」
「ところが、十八年の間、實の娘のやうに可愛がつて育てた、親方の三七郎が、今更娘は手離せないといふのです。向うは十八年の養育料を三倍にして出しても構はぬ、何んでも娘のお若さんを返せと言ふが、お若さんは一座の人氣者で、言はゞ一座を背負つて立つて居るやうなものだから、そのかせぎも容易のものでは無い、今までの養育料を貰つた位のことでは、合はないといふのですが、正直のところ、親方の三七郎は、娘のお若さんが可愛く、金を山に積んでも手離す氣は無いのです」
「で?」
「此方には證據もあることだから、刀にかけてもと、浪人竹中十兵衞はおどかします。そんな事で、親方は近頃すつかり腐つて居りました」
「それでわかつたよ、では、二人の娘に逢つて見ようか」
 平次は八五郎を促して、二人の娘を呼び出させました。囃方の喜久治夫婦は、ホツとした樣子で、死骸の側を離れます。


 八五郎がお百合とお若を呼び込むと、二人はつゝましやかに、平次の前に並びました。三七郎の死骸がまだそのまゝにしてあるのが、二人には恐ろしかつたのか、二羽の小鳥のやうに寄り添つて、默つて平次の言葉を待つて居ります。
「お百合といふのは」
「私でございます」
 淋しい品の良い方が應へました。
「お前が、親方の死んでゐるのを見付けたといふが、その時部屋にはあかりが點いて居たのか」
「行燈がついて居りました」
「さぞ膽をつぶしたことだらうが、飛出して大きな聲でも立てたのか」
「いえ、お隣は皆んな駒形へ行つて留守ですし、他の人達をお騷がせするのもお氣の毒ですから、お勝手へ飛んで行つて庖丁はうちやうを持出し、それで細引を切りました」
 いかにも落着き拂つた處置振りです。死骸の首へ卷いた細引の罠が、首のすぐ上で引き千切つたやうに、ギザギザに刄の跡のあるのはその爲でせう。
「それから」
「駒形へ飛んで行かうと思つて、外へ飛出すと、皆んなに逢ひました、丁度歸つて來たのです」
「皆んな?」
「お若さんと、世之松さんと、喜久治さんと、お神さんが揃つて」
 お百合の話は靜かで、整然として居て、少しの破綻も誇張もありません。
「親方を怨んで居る者は無かつたか」
「――」
 二人の娘は顏を見合せるだけです。
「親方が、何んか心配して居たといふが」
「――」
 二人はまた默つてしまひました。
「お前達は、銘々本當の親を知つて居るのか」
「知つて居れば、斯んな事をしては居ません」
 愛嬌者のお若ははつきり言ふのです。若い盛りを、諸人の見世物になるのが、その頃の道徳では決してほこらしいことでは無かつたのです。
「お前達の素姓すじやうのことで、親方は何んか言つたことは無かつたか」
「時々二人の顏を見て、ホツと溜息をつきました。どんなことがあつても、お前達は離さないと、そんな事を言ふこともありました」
 お若はさう言つて、そつとわきを向くのです、涙を拭いた樣子です。
「すると、お前達は、親方の氣持がどうあらうと、折があれば、此の一座から足を洗ひ度いと思つたことだらうな」
「いーえ」
 お若は屹と顏を擧げましたが、默つて考込んでゐるお百合を見ると、自分も口をつぐんでしまひました。
 平次は二人の娘を歸してやると、もう一度死骸の樣子、間取りの具合、狹い庭などを眺めて居りましたが、やがて、八五郎に向つて、
「どうだ八、見當はつくか」
 脈を引いて見るのです。
「四人揃つて居ちや、一人拔け出して三七郎を殺すわけにも行かないでせうね、すると、たつた一人殘つて居た、お百合が一番怪しいといふことになり相ですね」
「お前はどう思ふ」
「殺しは確かに殺しですね、首を吊る者は踏臺を蹴飛ばすのは定石ぢやうせきだが、ブラ下がつて後ろへ踏臺を蹴飛ばすのは、手練がいりますね。あつしも隨分首縊りを見たが、踏臺は十人が十人前へ蹴飛ばすやうで」
「すると」
「嫌なことになりますね。でもあの娘は人なんか殺しませんよ。淋しいけれどお品がよくて、どつかに優しいところがあるぢやありませんか。あつしが來た時、ひどく泣いてたのは、あの娘ですもの」
「お若だつて、先刻泣いて居たよ」
「それに、親分は言つたでせう、絞め殺して首を吊つたやうに見せる手はよくあるが、人は自分より貫々の重いものを上へ引上げることは出來ない。下から引つ張り上げた奴は、大抵石燈籠とか材木を使つて、殺した死骸を引揚げて居ますよ。ましてはりからわなを投げて、人間を吊るなんて藝當は、細つそりした小娘に出來る筈は無い。梁の上へ石臼を持ち上げたら、下で飮んでゐる三七郎は氣がつくだらうし、どうしたつて、お百合は下手人なんかぢやありませんよ」
 八五郎は躍起となつて、お百合のために辯ずるのです。
「よし/\、若くて可愛らしい娘のことゝなると、お前も飛んだ良い智惠が出るぜ。ところで八、頼み度いことがあるが」
「へエ、どんな事です」
「三間町の菊太郎を駒形へやつて、三七郎の新しい小屋で、お若と、世之松と、喜久治と、その女房のお卷が、宵から何をして居たか、近所の人によく訊かしてくれ、それからお前は、暫らくの聞、此家に泊つて居るんだ」
「若い娘二人のところへ?」
「大層な役得ぢやないか」
「何をやらかすんで」
「近いうちに、竹中十兵衞といふ浪人者が來る筈だ。明日かも知れない、明後日あさつてかも知れない、――來たら、誰にも逢はせずに、明神下の俺の家へつれて來てくれ」
「へエ」
「たつたそれ丈けのことだが、手ぬかりがあつちやならねえ」
「へエ、そんな事なら」
「此處に頑張つて居る間に、お前に噛り付いた、三人の女の匂ひを思ひ出して、誰と誰だつたか、嗅ぎわけて見るが宜い。俺には大方見當はついた積りだ――が」
「誰です、親分」
「一人わからねえのがある」
「驚いたね、どうも」
「最初の一人がわからねえのさ、二人目は煙草の匂ひがして居た筈だ」
「あ、成程、さう言へば」
「三人目は恐しく、色つぽくからみ付いたと言つたね」
「へエ」
 平次はさう言つて一應引揚げました。


 翌る日、三間町の菊太郎は、平次のところへ報告を持つて來ました。
「駒形の小屋へ二三度行つて見ましたが、三七郎が死んで、興行は當分休みのやうです。昨夜あの小屋の中は大變賑やかだつた相で、夕方から宵へかけて、歌なんか歌つて居たといふから、親方が來ないのを宜い幸ひに、三四人で飮んで居たんでせう」
「それから」
「田原町の方も幾度も覗いて見ましたが、三七郎のおとむらひの仕度で、ゴタゴタして居ります。その中で八五郎親分は、宜い心持さうに指圖をして居ますが――」
 美しい娘二人の間に、八五郎のはしやぎ振りは思ひやられます。
「八から言傳ことづては無かつたのか」
「まだ誰も來ない樣ですが、いづれその浪人とかゞ訪ねて來さへすれば、八五郎親分が有無を言はさず此處へつれて來ることになつて居ります」
「御苦勞々々々、あとをしつかり頼むぜ、あの中に三七郎殺しの下手人が居るんだから」
 平次は一と先づ菊太郎を歸しました。それから二日三日、八五郎はどんな顏をして居るか、直接見る折もありませんが、三間町の菊太郎は、毎日のやうに消息を傳へてくれます。
「へツ/\、八五郎親分、近頃はすつかりあのと仲よしになつて、お安くありませんよ、親分」
 菊太郎の三日目の報告はそんなものでした。
「何方の娘だ、お百合か、お若か」
「何方も綺麗ですが、お百合の方はツンとして居て、さう申しちや何んですが、八五郎親分を相手にしませんよ。そこへ行くと、お若の方は愛嬌者で、四十過ぎた私にさへ笑顏を見せる位ですから、八五郎親分なんかもう夢中で」
「あれが、八の惡い癖だよ。尤も一日に二つも三つも岡惚を拵へる野郎だから、取り逆上のぼせても、心中や夜逃げをする氣遣けえはねえ」
 平次はさう言つて苦笑して居るのでした。
 その翌る日の夕方、八五郎は到頭、鳴物入で明神下の平次の家へ飛込んで來ました。
「このかたですよ、竹中十兵衞と仰しやるのは。厭だといつて駄々をこねるのを、田原町から無理に引張つて來ましたが――」
「何んといふ失禮な口をきくのだ、八」
「へエ」
「あんな野郎で御座います、御勘辨を願ひます。實は、御聞き及びでせうが、お搜しのお孃さんをお預りした、とま三七郎が首を吊つて死にました。よく調べると、それは人手に掛つて殺されたので」
「それは驚き入つたことだな、――外ならぬ錢形の親分が折入つて私に話があるといふので、この人と一緒に參つたが」
 浪人竹中十兵衞は、人柄の老人でしたが、平次のやる事に、まだ釋然としないものがあり相です。
「それについて、三七郎を殺したのは、何んかたくらみあることで、下手人を擧げなければ、お前樣も飛んだものをつかまされます」
「と言ふのは」
「娘は二人、どちらも綺麗で、どちらも十八、素姓もわからず、幼な名もわかつては居りません。二人の娘を並べて置いて、何方が尋ねる跡取かお見定めがつきませうか」
「いや、それは甚だ困る」
 竹中十兵衞、すつかり困惑してしまひました。
「三七郎が殺された上は、その下手人を搜し出して、その惡者がにせの娘と見極める外はございません」
「いかにも尤も」
「で、何方が跡取でせうか、詳しくお話を承はり度いと存じますが」
 平次は退引のつぴきさせずに追究しました。
「成程、さう聽けば包み隱すわけにも參るまい、――實は」
 竹中十兵衞は、此處で漸く打明ける氣になつたのです。


 その晩、平次と八五郎は、浪人竹中十兵衞と一緒に、田原町の苫三七郎の家に出かけました。
 六疊のいつぞや三七郎の死骸を見付けた部屋には、娘のお百合、お若を始め、道化の世之松、囃方の喜久治とその女房のお卷が集められ、浪人竹中十兵衞から、改めての話があつたのです。
 狹い部屋に、行燈が一つ、燭臺しよくだいが二つ、銘々の表情まではつきり讀める中に、
「さて皆の衆、私は此處で、正直のことを申上げて、皆の衆にお詫もし、私の苦しい申出も聽いてもらはなければならないのぢや――」
 と語り始めました。話の枕の物々しさに皆んなはもう、冒頭はなから固唾を呑んで居ります。
 竹中十兵衞は續けます。
「十八年前三七郎殿に、生れたばかりの女の赤ん坊を預けたのは、日本橋のさる大店おほだなの妾と申し上げた筈だが、まことは、大變な違ひで、それは先年鈴ヶ森で處刑になつた、大泥棒風雲源左衞門の忘れ形見であつたのぢや」
「あツ」
 誰やらが思はず驚きの聲を揚げました。千萬長者の妾の子といふのは、全くの僞りだつたのです。
「父親の黒雲源左衞門が刑に服したとき、女房のお半といふのも、夫と同腹と見られて、捕へられ、三宅島に流されて十八年、此程漸く許されて江戸に歸つたのぢや、――斯く申す拙者は、そのお半の實の兄、つながる縁で主家を浪人したが、妹が氣の毒さに、産んだばかりの女の子に多分の金をつけて、日本橋の大店のめかけの子と僞つて、三七郎殿に養育を頼んだ」
「――」
「ところで、此程、許されて三宅島から歸つた拙者の妹、兇賊黒雲源左衞門の女房お半は、十八年前に産み捨てたたつた一人の娘を忘れ難く、命あつて今日迄永らへて居るものなら、三七郎殿から貰ひ戻すか、せめて一目たりとも逢ひ度い。いづれ故郷の九州へ歸る身であるが、娘が一緒に行かうとならばつれて行き度い、――と斯う申すのぢや」
「――」
「娘が十八年の間世話になつた養育料、千金を積んでもむくい足らぬところだが、島歸りの女に金などのある筈もない。お氣の毒だが、此處にある五兩、――たつた五兩だが、島で十八年間に溜めた涙と汗の塊り同樣の金、これを三七郎殿に差上げて、娘をつれ歸るやうとの望みぢや」
 竹中十兵衞は、折目正しく手をついて、靜かに斯う言ひ切るのです。紙へ載せた五兩の小判を誰へともなく、差出し乍ら、
「親分」
 此時、不意に八五郎が、縁側から聲を掛けました。
「何んだ、八」
あつしの守袋が、縁側にはふり出してありましたよ」
「何、お前の盜られた守袋が?」
 平次は立上がりました。人々は少しばかりザワ付きます。
「これですよ、親分。叔母さんが縫つてくれたんだ、間違ひありません」
「よし/\その中に、三七郎に頼まれた書き物が入つてゐる筈だ。それを出してくれ、お前のほぞ緒書をがきなんか、要るものか」
「親分、變なことが書いてありますよ」
 八五郎は、一枚の半紙を小さく疊んだのをひろげ乍ら、平次の前へ押しやりました。
「何、何? ――竹中さんから十八年前に預かつたのは、娘のお百合だといふのか、年月日と苫三七郎の名前が書いてある」
「すると親分」
「惡者はわかつたよ、外はありの這ひ出る隙間も無い筈だ。皆んな縛れ、八、竹中さんもお力を貸して下さいツ」
 それは大變な騷ぎでした。男二人、女二人、必死と逃出すのを、平次と八五郎と菊太郎とそして竹中十兵衞の手で、苦もなく縛つたことは言ふ迄もありません。
「馬鹿野郎、皆んな縛れと言つたつて、お百合さんは別だ、それは日本橋通三丁目の大賀屋宇右衞門さんの一人娘だ」
 平次は、お百合の肩に手をかけた八五郎をたしなめるのでした。
        ×      ×      ×
 その晩平次は、八五郎に附き合つて一杯飮み乍ら、事件の、からくりを解き明しました。
「三七郎は、お百合可愛さの餘り、本人にも素姓を教へなかつたんだ。萬一の時の用意に、あの書いたものを八五郎に預けたが、その晩惡者に殺されてしまつた。――惡者の張本人は八と仲のよかつたお若さ。お若はお百合が良い家の娘で、近いうちに引取られることを知り、それがうらやましくなつて、自分が替へ玉にならうとし、自分に惚れ拔いて居る世之松を仲間に引入れ、喜久治とお卷を慾で釣つたのさ」
「へエ、あの娘がネ」
外面如菩薩内心如夜叉げめんによぼさつないしんによやしやといふぜ。女の子と親しくなる時は氣をつけろよ、――あの晩、駒形の小屋で一人か二人で四人分も騷いだのはお前もわかるだらう、お前が三七郎に書面を預つて外へ出ると、門跡前でいきなり突き當つたのはそれがわからなかつたんだ。お若か、お百合か、兎も角娘だ、――後でお若とわかつたが、二度目に向柳原でお前の首にブラ下がつたのは、脂切つて煙草臭いお卷さ。三度目の此路地の外で、たうとう守袋を盜つたのは女に化けた世之松さ」
「へエ、あの野郎が」
「芝居氣があるし、女形をやまになれる男だよ。恐ろしくニチヤニチヤして一種うつたうしい女形のせゐさ。まげが大きかつたのはかつらのためだ」
「成程ね」
「その間に囃方の喜久治は、あの家へ忍び込み、お百合が湯へ行つた留守、三七郎が小用にでも立つた時、はりに這ひ登つて細引でわなを拵へて上から吊つたのさ。三七郎は華奢な男だが、それでもあれを上から吊り上げられるのは、肥つちよのあの喜久治の外には無い」
「へエ、成る程」
「それつ切りの話だよ。お百合の親許から、十八年間の養育料が來ると竹中十兵衞うつかり漏らしたのを、お若が何んかから聽いたんだらう。十八年間の養育料は百兩や二百兩ぢやない。それを横取りした上、お若が金持の跡取で乘込めば、皆んなうまいしるが吸へる」
「――」
「それまで企らんだところへ、竹中十兵衞が現はれた。私に智慧をつけられて、臺本通り實は黒雲源左衞門の娘などと尤もらしくやつた。あの人は仁體じんていが良いから大概たいがいの嘘も本當に聞える、大した役者だつたよ」
「へエ、呆れたもので」
「風雲源左衞門なんて、そんな泥棒はあるものか、皆んな拵へごとさ、――だが、これであのお百合さんは無事に大賀屋の跡取になるだらう、お若に氣のあつた、お前には氣の毒だが――」
 平次はさう言つて冷めた酒を八五郎に注いでやるのでした。





底本:「錢形平次捕物全集第四卷 からくり屋敷」同光社磯部書房
   1953(昭和28)年5月10日発行
初出:「オール讀物」文藝春秋新社
   1952(昭和27)年7月号
※題名「錢形平次捕物控」は、底本にはありませんが、一般に認識されている題名として、補いました。
※副題は底本では、「苫三七とまさんしちの娘」となっています。
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
入力:特定非営利活動法人はるかぜ
校正:門田裕志
2015年8月17日作成
2017年3月4日修正
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