十手や捕繩を神田の家に殘して、道中差一本に、
疲れては乘り、
「おや?」
平次はフト立停りました。
道中姿の良い年増が一人、道端の松の根元に、伸びたり
「どうなすつた、お神さん?」
ツイ傍へ寄つて、顏を差覗いた平次。
「お願ひ、――み、水を――」
「
平次は女の身體を押付けてゐた手を離すと、ツイ十五六間先の百姓家へ飛んで行きました。まご/\する娘つ子を叱り飛ばすやうにして、茶碗を一つ借りると、庭先の井戸から水を一杯くんで、元の場所へ取つて返します。
その忙しい働きのうちに、街道筋は暫く人足が絶えて、浪人者が二三人、うさんな眼を光らせて通つただけ――。
「おや?」
平次はもう一度目を見張りました。ツイ今しがたまで、松の根方にもがき苦しんでゐた、道中姿のいゝ年増が、何處へ消えて無くなつたか、影も形も見えなかつたのです。
狐につまゝれたやうな心持で、藤澤の
「おや/\そんなものが望みだつたのか、手數のかゝる芝居をしたものぢやないか」
思はず苦笑ひをしたのも無理はありません。
「どうなさいました、お客樣」
入つて來た番頭は、平次の頸にブラブラと下がつた
「ハツハツハツ、巾着切にやられたよ。江戸者も旅に出ちや、からだらしがねえ」
「それは大變ぢやございませんか」
腰を浮かす番頭。
「騷ぐほどのことぢやないよ、番頭さん。取られたのは、ほんの小出しの錢が少しばかりさ。まだ小判といふものをうんと持つてゐるから、旅籠賃の心配はさせねえ」
平次はそんな事を言つてカラカラと笑ひますが、盜られた財布の中味は、正直のところ、路用から
「お役人に申しませうか」
「いや、それにも及ぶめえよ」
江戸の高名な御用聞、錢形の平次が巾着切にしてやられたとは、さすがに人に知られたくなかつたのでせう。
「左樣でございますか、――その御災難の中へ、こんな事を申上げるのは變でございますが、今日は急に御本陣へお行列が入つて、
番頭は敷居際に坐り込んだまゝ、一生懸命手を
「いゝとも、十疊に一人ぢや
「では――」
番頭は引込むと、間もなく二人の屈強な武家を案内して來ました。
「――」
平次は危ふく聲を出すところでした。相客といふのは、先刻街道筋で、
「なんだ、町人か」
向う
「蟲だと思つたら腹も立つまい、我慢をせい」
續くのは小柄の中年男。
「俺はその蟲が大嫌ひでな。
「目障りだつたら、
平次は驚きました。世の中にこんな無法な武家があるものでせうか。見れば醉つてもゐない樣子、
『
やがて交る/″\風呂に入つた二人の浪人者は、一本つけさして、互に
その頃の街道筋の賑ひは、今日想像したやうなものではなく、大名の行列だけでも、日に幾つも通ることがあり、上り下りの旅人、諸藝人、武士、僧侶、あらゆる階級の人の間を縫つて、諸大名の
平次はそのうちの一人、夜道をかけて江戸へ行く早飛脚を見付けると、たつた三つしかない一朱銀のうちの一つを、先刻書いた手紙にクルクルと包んで、飛脚の眼の前にポンと投りました。
「おや?」
思はず立止つて、それを拾ひ上げた飛脚は、クルクルと懷紙をほぐして、店先の
始終の樣子を物蔭から見た平次、忍ぶともなく
「足を折るのが一番いゝ、――血を流すと事面倒だ」
「一人だけ、この宿に踏止まつて、役人の方を引受けるつもりなら、少し位は傷を負はせても差支へあるまい」
「これ町人」
「へエ――」
「出入りには挨拶位するものだぞ。いきなり
「へエ、相濟みません」
「飯が濟んだら腰の物の手入れをしよう。いざといふ時、武士の魂が役に立たなくては濟まぬ」
「いかにも、それはいゝことに氣が付いた」
二人は
「どうだ。見事だらう。貴公の
小さい方の武家は一刀をギラリギラリと振り廻しました。
「なんの、刀は體裁や見てくれで切れるものか。本當の切れ味は俺の備前物の方が、どんなに
「よし、それなら、試し斬りをして見ようか」
「應ツ、望むところだ。が、何を斬るつもりだ。
「幸ひ其處に生きたのが居るではないか」
「成程、手頃な
平次はさすがに
これが旅先でなかつたら――もう一つ、大事な
「逃げるか、町人」
「其方はどうも氣に入らないところがある。それへ直れ」
大柄の一人は早くも入口を
何も彼も、平次と見込んでの嫌がらせらしく、何方の氣はひを見ても、
「御免蒙りませう。あつしは斬られつけないから、そんな遊びの相手にはなりませんよ」
「何をツ」
早くも脇差を腰に、振り分けの荷を右手にさらつた平次は、中腰になつて、二人の
「こいつは面白い。鳥も飛ばなきあ
「
前後から迫る刄、平次は相手の深刻な
「わツ」
不意を喰らつて、大男は前のめりになりました。
「無禮者ツ」
後ろから追ふ二人の浪人者。旅籠屋中は引くり返るやうな騷ぎになりました。
二條の
「あツ」
低い小さい聲乍ら、異常な驚きにかき立てられた女の悲鳴です。行燈部屋と見たのは、混み合つた時は矢張り客を入れる部屋だつたのでせう。長四疊の
二人の浪人は暫らく其邊中を探して居る樣子でしたが、最後に平次の隱れた部屋をパツと開けました。
「何だ此處にも人が居るぞ」
一歩大きな浪人が踏込みます。
「此處は女一人でございます。御無體をなさいません樣に」
「何、女一人?」
さすがの無法者も、面喰らつて引下がりました。
「女一人でも油斷はならぬぞ、一應中を見せて貰はうか」
小さい方の浪人は、その背後から警戒の眼を光らせました。
「取亂して居りますが、どうぞ御覽下さい」
女はツト身を引きました。それを追つて廊下の灯を背にした四つの眼。
「フーム、居ないぞ」
「外へ飛出したのかも知れぬな」
「逃げ足の早い奴だ」
二人はプンプンとして引揚げます。
女はその後姿を見送つて、靜かに
「もう大丈夫でございます。無法者は行つてしまひました」
「有難い、――飛んだ御迷惑をかけました」
ひよいと押入から出て來た錢形の平次、何心なく行燈の灯の中に、女と顏を見合せて
「あツ、お前さんは?」
「まア、私は」
女は兩の
「お前さんに助けられようとは思はなかつた、これは/\」
「――」
「癪はどうしたえ、――」
平次は
それよりも平次を驚かしたのは、氣位の高さうな取濟した底に
「親分さん、――濟みません。飛んだことをしてしまひました。――私の本意でなかつたわけは、親分の懷中物を、私の身に着けてゐないことでもお解りでせう。幾らあつたか存じませんが、せめてこれでお許しを願ひます」
女はさう言つて、自分の帶の間から赤い紙入を拔いて、平次の方へ押しやるのでした。絶えも入りたげな面目なさに、長い
「お前は唯の惡人らしくもねえが、――
「申上げませう、親分さん」
女は精一杯の努力で顏を擧げました。
その物語はかなり長いものでした。が、筋は、――女の名はお六――武家の娘で本當は祿と書くのだが――、少女時代にさらはれて道中胡麻の蠅の手先になり、ついうか/\と娘盛りの
「こんなわけで、私は目の前に父親の仇を見乍ら、討ち果すこともならず、不本意乍ら惡者の手先になつて、うか/\と日を過しました。でも、今日といふ今日、惡い夢の
「――」
「親分さんのやうな方に助太刀をして頂いたら、私にも親の敵が討てないこともないでせう、お願ひ」
お六の手はツイ伸びて、平次の膝を
「巾着切から敵討か、そいつは驚くぜ。まアいゝ。三幕目は何にならうと、俺の知つたことぢやねえ、――ところで、その敵の名前や顏が解つてゐるのかな」
平次は漸く積極的になりました。
「中國浪人
「あ、あれだ」
「御存じで? 親分さん」
「ツイ今しがた、
「親分さん、――さうと氣が付けば放つては置けません、お願ひ申します」
包の中から
翌る日の朝は、運惡くドシヤ降り、早立ちは駄目になりましたが、間もなく素晴らしい
伊勢詣り、湯治客、國侍、
お六は女巾着切に似ぬ教養のある女で、平次も時々受け應へに困ることがありました。武家育ちといふだけに、諸藝、歌、
小田原へ着いたのは丁度六つ少し前、飛脚馬も、伊勢詣りも、武家も町人も、
平次とお六が泊つたのは、とら屋三四郎、
「そいつは困るぜ、二人は
平次は
「まア、親分さん、――」
お六は何時までも離れともない風情でした。が、さすがに打ちあけてさう言ひ兼ねたものか、モヂモヂし乍ら自分の部屋に引下がります。
「誰だい、入口の
帳場の方でそんな聲がしました。多勢の雇人達が、いろ/\評議をして居る樣子ですが、結局誰の
暫らく經ちました。
平次は
「親分さん」
そつと廊下の外から聲を掛ける者があります。
「お六さんかい」
「お願ひがありますが、入つて構ひませんか」
「いゝとも、まだ寢たわけぢやねえ」
「では」
滑るやうに入つて來たお六、寢卷姿に、少し取亂して居りますが、何か異常な緊張に、ワクワクして居る樣子です。
「どうしたんだ、お六さん」
「親分さん、――お約束を守つて下さるでせうね」
「約束?」
「敵、久留馬登之助の
お六は
「そいつは早速で面喰らはせるぜ。何處に居るんだ、その敵役は?」
「先刻、この旅籠屋の入口で、番頭と話して居るのを二階の窓から聞きました。――親分が泊つていらつしやると聞いて、夜道をかけて凾嶺へ登つたやうで――」
「へエ――、
「親分さんが敵討の助太刀をすると氣が付いたので御座いませう」
「今晩は
平次は
「でも、親分さん、あんなに堅くお約束をした筈ではございませんか」
「俺は約束をしたやうな覺えはねえよ。お六さんが自分の心持で一人極めにしたんぢやないか」
「でも」
敷居に崩折れるやうに、お六の
「それに、俺は夜の仇討が大嫌ひさ。同じ事なら、竹矢來を組んでよ、
平次はすつかり茶かし氣味です。
「親分さん、本當に眞劍に聞いて下さい。久留馬登之助の隱れ家は、湯元から山道を入つて、ほんの五六町のところにあります。今晩は其處に泊るに違ひありません。親分さんと二人押し掛けて名乘りをあげたら、萬に一つも取逃すやうなことはないでせう」
「――」
「此處からほんの一里半足らず、敵を討つても
「歸つて來る?」
「小田原へ歸らうと、其儘凾嶺を越さうと、親分さんのお心持次第になります」
お六は本當になやましさうでした。何處までも茶かし氣味な平次の顏を見上げて、たうとう涙さへ流してゐるのです。
「成程、さう聞けばわけのないことだ、
「親分さん」
お六は本當に嬉しさうでした。平次がもう少し甘い顏をしたら、飛付いて手ぐらゐは取つた事でせう。
二人は
「此處から少し道が惡くなります」
お六の注意までもなく、途は本街道を
「親分さん」
「――」
平次は時々舌打をし乍ら、それでも、心せく樣子で、グイと引揚げてやりました。
「まア、何て、
「邪慳なのは生れ付きさ」
さう言ふ平次へ、お六は時々物に
「此處――親分さん」
お六は囁やき乍ら、山の盆地を指さしました。林に三方を圍まれて、嚴重さうな山小屋が一つ、――中には灯も何にも見えません。
「誰も居る樣子はないぢやないか」
「久留馬登之助は
お六は何の恐れ氣もなく、山小屋の中に入りました。續く平次。
「恐ろしく暗いんだな」
「灯をつけるわけに參りません。暫らく此處で待つて下さい」
「――」
平次は高を
「ね、親分さん。首尾よく敵討がすんだら、私を江戸へおつれ下さるでせうね、――足を洗つて、今度こそは堅氣になりますが――」
「お六さん、それは誰に言つて居ることか、お前さん知つてゐるのかい」
「――」
「この俺が誰だか、知つて居なさるのかと訊いて居るんだよ」
「――」
「お前は、物腰が上品だからと言ふので、お
平次は到頭、言ふべきことを言つてしまつたのでした。
「では、私も申します、――錢形の平次親分さん」
「え?」
「それ位のことを知らずに、大それたこんな芝居は打てるでせうか、――私はいかにもお
「――」
「仲間は正
「そいつは本當か」
「今更駈引をいふ私ではございません。そのうちに、仲間が私の
お六は命令する調子で言ふと、
「待つた」
平次の聲を耳にもかけず、ヒラリと山道の闇の中に姿を隱しました。
「親分」
女はそつと小屋の中へ滑り込みました。あれから小半刻も經つたでせう。
「――」
平次は暗がりの中に、腕を組んだまゝ、木像のやうに默りこくつて居ります。
「親分さん、――大變なことになりましたよ」
お局のお六の聲が、激情に
「――」
が、平次は相變らず默りこくつたまゝ、壁の方を向いて、プツリとも音をあげません。
「親分、まさか
「――」
「でも默つて聞いて貰つた方が、言ひいゝかも知れない。幸ひ顏も見えないし」
「――」
「親分さんが、何の用事で
「――」
お六は大變なことを言ひ始めました。
「井上玄蕃樣は
「――」
「
「――」
「私の部屋に逃げ込んだのを
「――」
「仲間の者はジレ込んで、いよ/\親分を殺すことに決めました、――手引はこの私と、手筈まで調つた時、私は、何うしたことか、親分を殺すのがイヤになつたのでございます。親分も殺さず、六千兩も無事に奪ひ取つたら、
「――」
不思議な惱ましさに、お六の言葉は暫らく絶えます。平次も救ひ、仲間にも反かず、六千兩も首尾よく奪ひ取る細工が、どんなに女らしく、陰險に、
「でも、仲間の者は私の裏切に氣が付きました。總勢十五人、そのうち三四人は、間もなく此處に向つて來ることでせう」
「――」
「親分さん――逃げて下さい――と申上げたいけれど、私はその氣になれない。それに、――今頃はもう山の中の何處かで、六千兩は仲間の手に奪ひ取られた筈。此まゝ江戸へ歸られる錢形の親分さんではないでせう――」
「――」
平次の頭は、闇の中に強く動きました。
「いえ/\
「――」
平次の首はまた激しく動きます。
「さア、親分さん、一緒に此處を立ち
お六は
「馬鹿ツ」
平次はすつくと立上がりました。その
「あツ」
平次と思ひきや、何時の間に入れ替つたか、それは大きな馬顏。
「馬鹿ツ、何といふ女だい」
言ふまでもなく、錢形平次の子分、ガラツ八の八五郎でなくて誰であるものでせう。
「お前は、お前は?」
「よく覺えて置け。錢形親分の右の片腕といはれた、小判形の八五郎だ、――親分が何時までこんなところにマゴマゴして居るものか」
「えツ」
「ざまア、見やがれツ」
ガラツ八は小屋の入口から外へパツと飛出さうとしましたが、いけません。小屋は全部外から
そのうちに、パチパチパチと物のはぜる音がして、夜風が一陣の煙をサツと室の中に吹込みます。
「まア、惡かつたワねえ、でも、錢形の子分なら、滿更
「野郎ツ」
「海道一の良い女と燒け死ねば、お前も本望ぢやないか。諦めて、丸燒になつておくれよ。錢形の親分が私と一緒に逃げる氣にならなきや、どうせ一緒に燒け死ぬ筈だつたんだから」
「――」
ガラツ八はもうその毒舌に取合ひませんでした。そのうちに驅け付けた惡者の仲間が二人、三人、小屋の中に裏切つたお六と、錢形平次が居るものと早合點して、どつと
「お前は隨分變な顏だねえ」
「勝手にしやがれ」
小屋の一角を燒き拔いて、クワツと燃え立つ焔。
「可哀想で助けるんぢやない、お前と心中するのが役不足だから助けて上げる、――さア、私の氣の變らないうちに、其處から出て、仲間の眼を
「――」
お六はさう言ひ乍ら、ガラツ八をかきのけて、
「親分の平次に逢つたらさう言つておくれ。男に心引かれたことのないお
「――」
クワツと又一角を燃え
「御用
どつと尻火を切つた中に、
お六の開けてくれた入口から、
「それツ、逃すなツ」
飛付いて來たのは三人の惡者、――幸ひ大した腕でなかつたと見えて、八五郎の死物狂ひの襲撃に驚いて、パツと三方に散りました。
「手前達は後で縛つてやる、
岩も藪も一足飛に――焔の中のお六に心引かれ乍ら、密林の闇に飛込んでしまひました。
かくある可しと期待した平次は、ガラツ八を山小屋に置いて、三枚橋のあたりに網を張つて待ちました。
間もなくやつて來たのは井上
平次は舌打を一つして、見え隱れにその後に從ひました。あれほど嚴重に注意して置いても、平次の姿が見えなくなると、『何を岡つ引め』で、すぐこんな勝手な行動をする、井上玄蕃の頭の惡さに愛想が盡きたのです。
やがて畑宿を越して、
暫らくすると、麓近い密林の中に、ポーツと焔があがります。
――やつたな――
平次はさすがにギヨツとしましたが、今更引返すわけにも行きません。
甘酒茶屋までもう一と息といふ頃。
近々と
「おや?」
馬を停めた井上
「それツ、曲者ツ」
「油斷すなツ」
二人の青侍が一刀を拔く間もありません。何處から飛出したか、
「一人も生かしちやならねえ、口がうるさい」
「えツ、そんな勝手なことをさせてなるものか、平次が相手だ、來いツ」
不意に、御用金を積んだ馬の側に、スツクと立上がつたものがあります。
「何? 平次、いゝ相手だ」
バラバラと亂れ打つ
「此處だ、馬鹿奴ツ」
それに
が、多勢に無勢、暫らくの後、井上
最早これまで――、勝敗の數は定まりました。
畑宿へ一里、關所へ一里、眞夜中過ぎの往來はピタリと絶えて、救ひの道の全くあらうとも思へぬところへ、
「御用ツ、御用ツ、御用だぞツ」
凾嶺全山を
「お、八か」
さすがにホツとした平次。
「俺が來さへすれや百人力だ、――親分。小田原のお役人が、千人ばかり畑宿をくり出しましたぜ」
八五郎の宣傅力の偉大さ。
「助太刀なんか要るものか、錢さへありや俺一人で片附けてやるが、藤澤で掏られて空つ尻だ。八、――穴のあいたのがあつたら少し貸せ」
と平次。
「有難えて、親分に金を貸すのは生れて始めてだ。大判や小判はねえが、穴のあいたのならうんとあるぜ」
懷から取出した
「有難てえ、これさへありや」
手に
相手の氣勢さへ
それを見送つて、
「八、有難てえ。お前のお蔭だ」
平次は思はず八五郎の手を取りました。
「親分、あの小屋の中で、女は
純情家の八五郎は、まだそれを考へて居たのですが、さすがに
× × ×
六千兩の御用金は、その日の朝、關所で「よく間に合つてくれたね、八」
つく/″\言ふ平次。
「
「
平次は會心の笑みを漏しました。
「でも、あの女は可哀想でしたよ。一寸燒跡に寄つて、念佛でも
「鬼の念佛だらう」
何にも知らない平次は、まだ